フィリピン海軍への海自機貸与

以前にもフィリピン海軍への海上自衛隊の航空機の貸与のリスクについて書きましたが、さらにその話が具体化しています。フィリピンの大統領選挙の動向と考え合わせると、心配になります。

*ご参考:2016年3月4日付けブログ

日本は軍事援助をすべきか?
2016年2月29日付け読売新聞の記事の見出しに驚きました。「海自機、比海軍に貸与へ・・・南シナ海の監視に利用」とあります。見出しを見ただけで、「これはまずい」と思いました。 報道によると、退役した海上自衛隊の練習機(TC90)をフ...

2016年5月3日付け西日本新聞(朝刊)によると、海上自衛隊の中古の練習機(TC90)をフィリピン海軍に5機貸与することで合意したそうです。2016年度中に貸与を開始し、フィリピン海軍のパイロットの訓練等の支援も行う予定だそうです。自衛隊機の他国への移転は、初めての事例になります。

こういうニュースが新聞の一面トップにならないのが、とても不思議だし、ある意味で怖いことだと思います。おそらく国会でも十分に議論されたわけではないと思います。

他国の軍隊に航空機を与え、パイロットや整備士の訓練を支援すれば、まぎれもない軍事援助です。戦後の歴史の転換期にいることを実感するような重大ニュースだと思います。しかし、世間があまり注目していないことを恐ろしいと感じます。

西日本新聞の記事の一部を抜粋すると:

安倍政権は、フィリピン海軍の海洋警備能力の向上を支援することで、南シナ海の海洋進出に歯止めをかけたい考えだ。フィリピンは南シナ海で中国と領有権を争っており、日本に装備品の支援を求めていた。
フィリピンは9日に大統領選を控えている。現行のアキノ政権下で供与に道筋を付けるため、早期に合意する必要があると判断した。

第一にフィリピン海軍に航空機を貸与して警戒監視能力を強化したところで、中国の海洋進出の歯止めになるとは思えません。すでに南シナ海ではアメリカ海軍やアメリカの偵察衛星が中国の動きを常時監視しています。フィリピン海軍に二線級の航空機を貸与しても監視能力や海洋警備能力はさほど高まりません。日本のこの程度の支援では海洋進出の歯止めにはならないと思います。「中国の海洋進出の歯止め」という効果は、あまり期待できないと思います。

他方、中国側から見れば、「日本海軍がフィリピン海軍に軍事援助して、中国の南シナ海進出を食い止めようとしている」という構図になります。東アジアの軍事的緊張を高めることになるでしょう。最初に南シナ海の軍事的緊張を高めたのは中国かもしれませんが、それに日本が前のめりに加わっていくのが果たしてよいことなのか疑問です。

第二にフィリピンの大統領選挙の結果はまだわかりませんが、過激なポピュリストが大統領に就任する可能性はあります。どこの国でもポピュリストは、排外的ナショナリズムをあおりがちです。新大統領が、危険な冒険主義に走り、内政の不満を外に向けるために、中国との領土問題を利用しないとも限りません。

第二次大戦後の中国は、何度も隣国と国境紛争を起こしてきました。領土問題をめぐって中国は、旧ソ連、インド、ベトナムと大規模な武力衝突を起こしています。すべての事例で中国側が先に手を出しています。超大国ソ連との国境紛争でも中国側が先制パンチを浴びせています。中国という国は、いざという時には武力の使用をためらわない、という点を理解する必要があります。フィリピンの新大統領が人気取りのために過激な行動をとり、中国との武力衝突のきっかけになる可能性も考えられます。

中国とフィリピンとの武力衝突に巻き込まれる可能性が高まるのであれば、フィリピン海軍への航空機の支援はやめた方がよいと思います。戦後の日本は、戦後賠償をスタートとして、長年にわたってフィリピンにODAで平和的な協力を行ってきました。私自身もJICAのフィリピン案件担当者として、フィリピンの保健省や農地改革省、沿岸警備隊等への技術協力に関わりました。そういった開発援助は引き続き重要ですが、軍事援助は蛇足です。

安倍政権の軍事国家化3点セットとでも言えるのが、「集団的自衛権の拡大」「武器輸出」「軍事援助」です。フィリピン海軍への支援も「軍事援助」の本格化への第一歩と位置付けられるのかもしれません。他国の軍隊を支援するよりも、世界の平和構築を支援すべきだと思います。いまの政治の流れを変えなくてはいけないと強く思います。