ポスト・アベノミクスを考える

1.アベノミクスを検証する

安倍政権がこの4年10か月進めてきた経済政策をふり返って考えてみます。少し前ですが、日本経済新聞のアベノミクス検証記事(2017年6月10日朝刊)を引用しながら、安倍政権の経済政策を評価し、「ポスト・アベノミクス」を考えます。

同記事の見出しは「アベノミクス5年 経済の力低下」でした。安倍政権が喧伝しているのと異なり、潜在成長率が0.69%と低迷しています。株価は上昇しても、実質経済成長率は低い状態です。やはり「経済の力低下」という評価は妥当です。日本経済新聞といえば、経団連・財界の御用新聞のような印象があったので、私はてっきりアベノミクスに好意的だと誤解していました。そうでもないことに気づかされました。

日経新聞は、法人実効税率を7%下げた点を評価しつつも、「減税などで収益力は高まったが、企業はカネをため込む一方。3月末で企業の内部留保も390兆円と政権発足時から4割増加。内部留保解消の有効策は見えない」と手厳しいです。法人減税や円安により大企業の株価や収益力は上がりましたが、内部留保が増えるばかりで、労働者の実質賃金は上がりません。一部の企業や富裕層は潤っても、多くの国民の生活は豊かになっていません。

さらにBNPパリバ証券の河野龍太郎氏の「極端な財政出動などが経済の資源配分をゆがめ、生産性を落とした」というコメントを引いて、経済が成長しない理由を説明します。財政出動による公共事業のばらまきは、借金と維持管理費の負担増になり、将来世代にツケを残します。公共事業に投資しても経済が成長しないことは1990年代の経験から明らかです。アベノミクスの柱の財政出動は、昔ながらの自民党的な利益誘導政治の復権です。

政権中枢を担う経産官僚が進める補助金と企業減税による「通産省型産業政策」もうまく行っていません。金融緩和(低金利政策)により不動産業界はプチバブル状態です。これも資源配分のゆがみです。人口減少時代に異常なペースで新築住宅を増やせば、空き家が増えることは確実で、近い将来に副作用が出るでしょう。

デフレ脱却に失敗したことは明らかです。株価はあがっていますが、日銀やGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に株を買わせる「官製相場」の側面もあります。上場企業の多くで日銀が大株主になっているという事態は異常です。株価が上がっているうちはいいですが、株価が下がると大変なことになります。アベノミクスの賭博的な側面を象徴しています。そういえば、安倍総理はカジノ解禁にも熱心でした。

また、アベノミクスの隠れた側面は、武器輸出や原発輸出という「ダーティー」なビジネスに力を入れている点です。武器輸出三原則を見直して、武器輸出の道をひらきました。オーストラリアに潜水艦を輸出しようとして入札で負けましたが、成功していれば兆円単位のビッグビジネスでした。福島の原発事故のあとに原発を海外に輸出しようとする感覚は理解できませんが、これも成功すれば数千億円単位のビッグビジネスです。こういう経済政策(産業政策)は、経産官僚が幅をきかせる安倍政権らしいといえます。

安倍政権の経済政策は、昔ながらの公共事業や補助金のばらまきの利益誘導政治という性格と、国(経産省や国交省)が前面に出て企業を導こうとする「国家資本主義」の性格が交じっています。新自由主義的な規制改革を標榜する「小さな政府」的な色合いがある一方、武器輸出、原発輸出、インフラ輸出等の国策で海外進出という「国家資本主義」的な色合いもあります。不思議な政権です。

 

2.ポスト・アベノミクスを考える

英国のEU離脱、米国のトランプ大統領誕生、英仏の総選挙など、世界で大きな変化が起きていると私は思います。グローバル化への反発がEU離脱やトランプ大統領の内向き政策につながりました。新自由主義的な「小さな政府」路線による緊縮財政が、格差の拡大と中間層の没落を招き、ポピュリズムや右傾化を引き起こしました。
排外的ポピュリズムに傾きがちな安倍政権の性格は、世界的な新自由主義的な潮流の結果であると同時に、原因でもあります。安倍総理は引き続き新自由主義的な政策を進めており、新自由主義的な潮流を継続する原因になっています。

今年6月の英国総選挙では、緊縮財政一本やりの「小さな政府」志向の保守党が議席を大幅に減らし、労働党が躍進しました。サッチャー首相が始めた新自由主義は、英国から世界に広まりましたが、その英国で新自由主義への反発が高まっています。労働党が支持を増やしたのは、公的サービスの充実や再分配政策の強化を訴え、「脱・新自由主義」的な公約を掲げた結果でした。

最近のIMFの報告では、富裕層への課税を強化すれば、経済成長を損なうことなく、不平等を減らすことができることが明確になっています。ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ教授も同じようなことを以前から述べており、格差是正のために富裕層の所得税の累進性を高めたり、金融資産への課税を強化すれば、結果的に経済成長にもつながると主張します。経済学の常識も変わりつつあり、格差是正のための政策が、結果的に経済成長につながることがわかってきています。再分配政策の新たな価値が見直されつつあります。

グローバル企業は、国民生活や格差問題に無関心です。格差の拡大を防ぎ、教育や環境保全に投資し、老後の暮らしや国民生活を守るのは政府です。グローバル化が進めば進むほど、政府の役割が再び重要になります。世界では「政府の復権」が進んでいます。

一方、安倍政権は新自由主義的な政策を継続して経済成長を最優先し、国民の暮らしや格差問題への対応には力を入れていません。その結果、日本は先進国のなかでも相対的貧困率の高い国になり、子どもの貧困は深刻な問題です。「小さな政府」へ突き進む過程で、福祉や教育の予算はカットされ、社会的セーフティネットに穴があき、将来の不安に脅えながら貯蓄に励むのが当然という社会になりました。政府がセーフティネットを提供しないから、自己責任であらゆるリスクに備えなくてはいけない社会になってしまいました。「小さな政府」とは、裏を返せば「何でも自己責任社会」です。自己責任社会とは、将来が不安な社会です。

今こそ「アベノミクス敗戦」に備え、「ポスト・アベノミクス」を考える時期です。世界的潮流である「脱・新自由主義」を具体化する、アベノミクスに代わる政策体系が必要です。キーワードは、①社会的セーフティネットの再構築、②再分配政策の強化、③政府の役割の再定義 だと思います。

例えば、21世紀の知識社会・知識経済における経済成長には、コンクリートの公共投資よりも、人材への投資が有効です。公共事業よりも、サービス産業や公的サービス(教育、保育、医療、介護、障がい者支援等)に力を入れるべきです。医療や介護、障がい者支援といったセーフティネットを強化して、将来の不安の少ない社会をつくる必要があります。

再分配政策の強化が必要ですが、その際に現金給付を中心にするよりも、現物給付(サービス給付)を中心にする方が、より格差の縮小につながります。具体的には、保育園や幼稚園、介護や医療、障がい者支援といったサービスの提供を無償化あるいは低価格化して、家庭の経済的負担を減らします。貯金がなくても、現物給付サービスが充実していれば、安心して暮らせます。

また、近ごろ「AI(人工知能)でなくなる仕事」が話題です。最先端の製造業ほど、働いているのはロボットばかりになり、労働者は減ります。対人サービスで安定した雇用をつくり出す必要があります。対人サービスはAIやロボットでは代替できない仕事が大半です。教育や保育、介護や医療等の現物給付サービスでは、これからも「人が人のお世話をする」というやり方は変わりません。対人サービスに財政資金を投入し、政府が人材育成を担うべきです。結果的にそのことが暮らしの安心と経済成長につながります。

現物給付サービスを中心に政府の役割を拡大し、「みんなでみんなを支える社会」を構築していくことが大切だと思います。将来の不安やリスクに個人で備えるのは難しいです。すべての人が、病気、事故、災害、失業などのさまざまなリスクに直面し、人生のどこかのフェーズで弱者になる可能性があります。すべての人が「いつか自分も弱者になって助けてもらうかもしれない」という自覚があれば、税と社会保障を通じて支え合う社会をつくることは可能です。「小さな政府」はセーフティネットも小さな政府となります。政府の役割を再定義し、信頼される政府、頼れる政府をつくっていくべきだと思います。

 

こんな硬いブログに最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。一言で要約すれば、「私は、格差の少ない公平な社会をめざしたい」ということです。よろしくご理解のほどをお願いします。