トランプ現象と大衆の怒り

トランプ現象や英国のEU離脱は、「没落した白人労働者階級を中心とする大衆の怒り」という説明のされ方が多いようです。エリート層・エスタブリッシュメント層(既得権層)が、貧富の格差や移民問題に鈍感であったがゆえに、白人の労働者階級が立ち上がり、「政治のプロ」の判断にノーを突き付けたという理解が一般的ではないでしょうか。

こういう大衆の「怒り」は、それ自体は善でも悪でもなく、中立的なのだと思います。「怒り」は良い方向にも、悪い方向にも向かい得ると思います。世の中の不正や不条理に対する「健全な怒り」というのもあります。朱子学で有名な朱熹の言葉に「血気の怒りはあるべからず、理義の怒りは無かるべからず」というのがあります。一時の感情的な怒りはいけませんが、世の中の不正義や不条理に対しては怒るべきです。

他方、怒りの対象をイスラム教徒や女性、移民といった弱い立場の人たちに向けるのは、言語道断だと思います。しかし、そういうやり方で欧州では極右政党が急激に伸びています。アメリカのトランプ現象も似たようなものです。アメリカとヨーロッパで起きたことが日本で起きない保証はなにもありません。日本でも在日外国人へのヘイトスピーチも問題になっています。嫌韓や反中がブームになっているのは、不健全で心配な状況です。

大衆の怒りを在住外国人やマイノリティに向けることなく、「健全な怒り」に転化することができる政治指導者や政党、そのための理論や「ストーリー(物語)」が求められているのだと思います。ポピュリズムは上手につきあえば社会を変革する武器になりますが、下手をするとナチスやファシズムにまっしぐらに向かいます。

「健全な怒り」とは、たとえば社会的な不平等や差別、子どもの貧困に対する怒りです。何の罪もない子どもたちが貧困に苦しんでいることに対し、怒っている人は多いと思います。怒りを社会変革という正しい方向に向かわせることができるか否か、それが民進党の課題だと思います。それができないと「日本版のトランプ」が出てきて、社会の分断がさらに深まる恐れがあります。

民進党は「共生」というテーマを単なるスローガンに終わらせることなく、具体的な政策のフレームワークに落とし込み、税制や社会保障制度、教育や労働・雇用等を良い方向に持っていくための変革が必要です。

トランプ支持が広がった背景には、大衆の「これまでの政治のやり方は嫌だ」という変化を求める強い衝動があったのだと思います。安保法制や憲法改正反対だけでは、国民の多数派の支持は得られません。魅力的な「社会モデル」を提案し、具体的な政策パッケージを示すことが、いまの民進党の代表や執行部には求められます。いまの民進党執行部は何に力を入れているのやら、その辺の発信はあまりないような気がします。