枝野幹事長は「保守本流」か?

先日(5月11日)枝野幸男幹事長が福岡市内で講演しました。民進党のめざすもの、自民党とのちがいなど、興味深い話でした。枝野さんの講演の内容を大雑把に箇条書き的にまとめると以下の通りです。

  • 民進党の三大原則は、「自由」、「共生」、「未来への責任」。二大政党化が進むなかで、自民党は自己責任社会を志向し、民進党は共生社会を志向している。自民党とのちがいが際立つ一番のポイントは「共生」である。「共生」とは助け合う社会であり、自己責任社会とは対極にある。
  • 民進党は、弱者救済ではなく、ともに支えあう社会をめざす。ときには支え、ときには支えられる、という社会である。自分ひとりで生きていける人は少ない。人生のある時期は支えられ、ある時期には支える側に回る。だれでも子どもの頃は小学校に通うが、小学校教育には多額の税金が投入され、社会によって支えられている。高齢になったり、事故に遭って障害をもつようになったりして、支えられることもある。そして震災ではだれもが弱者になる。
  • 民進党の「自由」は、多様性に対する寛容を意味し、自分と異なる価値観もみとめる。実は民進党こそが「保守本流」だと、自分(=枝野幹事長)は考えている。日本の長い伝統(文字の記録が残っている約1500年の伝統)は、多神教的な価値観に基づく寛容な文化である。日本の伝統は、多様性をみとめリベラルである。日本の稲作文化は水の共同管理をともない、村の協調性を重視し、自由競争や自己責任社会とはなじまない。明治以降の150年の歴史は、西洋的・一神教的なやり方を近代化で導入してきた例外である。本来の日本の「保守」とは、多様性に寛容な共生社会である。
  • 人口減少社会になって、昭和の高度経済成長期の前提が崩れている。アベノミクスの経済成長至上主義はもはや成り立たない。供給過剰の構造があり、インフレ政策を採用してもデフレは止まらない。アベノミクスはカンフル剤的な政策ばかりで、短期的な成果しかあがらないし、副作用も大きい。
  • 内需が弱いのが、日本経済の最大の問題である。内需拡大のためには、子どもを増やす政策、老後の不安を取り除き高齢者の金融資産を消費に回してもらう政策が必要。企業収益を確保するために人件費を抑え非正規雇用を増やしてきた結果、消費が減り続けている。安定的雇用を増やすことが、消費を活性化し、経済を成長させるカギになる。
  • 民主党政権の反省としては、「バラバラ批判」に対する耐性がなかった。党内に多様な考え方があること自体は、決して問題ではない。国民の過半数の支持を得るためには、ある程度は党内意見に幅があって当然である。問題だったのは、多様な意見があったとしても、「党の方針が決まったらそれに従う」という姿勢に欠けていた点である。
  • 民進党は、アベノミクスのようなカンフル剤的な政策ではなく、体質改善や漢方薬のように即効性はなくてもじわじわと確実に効く政策に取り組む。人口減少社会においては、わかりやすくてシンプルな解決策はない。わかりやすい答えの多くはウソである。民進党政権になったら、長期的な政策と、改革に伴う痛みを緩和する政策をバランスよく実施する。

というような話だったと思います。私が勝手に要約したので、不正確な記述も一部にあるかもしれません。その点はあらかじめご承知おきください。

枝野さんの「われわれ民進党こそ保守である」という主張には、反発を覚える人もいるかもしれません。しかし、ある意味で正しいかもしれません。安倍政権がやっていることは、決して保守ではありません。

戦後の民主主義や平和主義を全面的に否定し、現状を革命的に変えようとしている政治家が「保守」であるはずがありません。フリードリヒ・ハイエク(経済学者・政治学者)は、冷めた目線で「真の保守主義は激しい変化に反対する態度である」と定義しました。安倍政権は「真の保守主義」の定義から明らかに外れます。

安倍総理のお祖父さんの岸信介元総理は、戦時統制経済を指導した「革新官僚」として有名です。そのお祖父さんを崇拝する安倍総理は、やはり「革新官僚」的な国家主導型の経済運営を好みます。安倍総理は、原発やインフラの輸出のトップセールスには積極的ですし、企業に賃上げを要求するなど市場に積極的に介入します。安倍総理は市場原理主義者ではなく、国家資本主義者といえるかもしれません。こういった観点からいっても、安倍総理は保守主義的ではありません。

保守論客の櫻田淳氏の「常識としての保守主義」という本は、「保守主義」をわかりやすく定義しています。

保守主義は、自由の擁護を標榜し、多様な活動に寛容で、政治のおける難儀さや曖昧さ、わかりにくさに向き合う。不完全性に耐え、政治の限界にも自覚的である。
保守主義は、「売国奴」「対米従属」「媚中派」等、他者に対する敬意を欠いた罵倒の言葉は使わない。保守主義者は「思いやり」と「寛容」の心を持ち、自分と考え方がちがう人を罵倒したりはしない。

*ご参考:櫻田淳「常識としての保守主義」新潮新書、2012年

国会の委員会の場で首相が野党の質問者に対してヤジるといったことは、これまであまりありませんでした。他者に対する敬意を欠いた非寛容な態度の安倍総理は、保守主義者とはいえないように思います。

いろいろ考えると、枝野さんが「保守本流」といっても、間違いではないかもしれません。しかし、枝野さんが「保守主義者」を自称したところで、「そうだ。その通り」と賛同する人は少ないでしょう。それでもおもしろい見方だと思いました。

ところで、枝野さんが「民進党保守派」だとすれば、いったい誰が「民進党リベラル派」になるのでしょうか? 大きな謎を残した講演でした。

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