2006/01/17
朝日新聞社「論座」
「小泉チルドレン」と呼ばれて・・・。
筆者は、昨年7月に自民党の候補者公募に選ばれ、9月の総選挙で初当選して国政の場に飛び込み、約4ヶ月間無我夢中で活動してきた。2世・3世議員でもなく、地方議員や秘書の経験もなく、キャリア官僚出身でもなく、政治とは無縁のサラリーマンから国会議員に転身した新人の視点、政治のシロウトの視点で、国政の日常、国会や自民党の様子について報告したい。
今回当選した83名の自民党新人議員は、世間で「小泉チルドレン」と呼ばれている。特に「女性議員」や杉村太蔵議員にマスコミの注目が集まり、新人研修から派閥入りの動向まで詳しく報道されている。「小泉チルドレン」という揶揄には、自分の頭で考えられず、何でも党執行部に従うといった意味が込められているように感じる。しかし、「小泉チルドレン」の一言で片付けられるほど、新人議員は一様ではない。年齢構成もバックグランドも多様であり、その多様性が新しい流れをつくるのに貢献している。年齢が若いわりに永田町的センスにどっぷり浸かった頭の古い新人議員もいれば、50歳代なのに斬新かつ地に足の着いた意見で先輩議員を論破している新人議員もいる。筆者も小泉総理の構造改革路線を支持しているが、だからといって小泉総理の親衛隊になったとは思っていないし、総理もそんなことは望んでいないだろう。そんなわけで「小泉チルドレン」と呼ばれるのには当惑するが、永田町ではひとつの社会現象となり、現実の政治を変えるひとつの流れをつくりつつあるのかもしれない。
新人議員の大量当選のインパクトのひとつは、党内におけるパワーバランスを大きく変えたことだろう。党の政務調査会の部会においても、新人議員が遠慮なくベテラン議員と議論している。新人といってもそれぞれの分野で専門家としてやってきた議員であれば、ベテラン議員や官僚と互角に議論できるし、既得権益や既成の思考の枠組みから自由な立場で国民全体の利益のために発言できる。例えば、部会で元商店会長の安井氏が発案した環境税についての意見や、現場の実態をよく知る元市長である土屋氏の高齢者介護問題についてのコメントは、ベテラン議員や官僚の意見よりもリアリティがあって説得力があった。これだけ新人の数が多いと、「新入りは黙ってろ」といった空気も感じない。数は力であり、新人議員が束になってベテラン議員を論破するといった場面も部会で実際に見られる。当選回数を気にしない新人が多いことで、党内の議論において「誰が言ったか」よりも「何を言ったか」が重視される傾向が強まっていくように思われる。
また小泉ブームのおかげで、これまでであれば自民党の国会議員になれなかった人材が多数当選している。元サラリーマン・元
NPO スタッフの筆者などもその典型であろう。特に候補者公募で当選した22名には、地盤・かばん・看板の3バンのない元サラリーマンも多い。政治的な色が着いていない新人が、新しい血を大量に注入し、一般市民の感覚や民間の感覚を活かした構造改革・党改革に貢献していくことが期待できる。
新人研修の日々
今回大量に当選した新人議員のために党執行部により、新人研修がアレンジされた。政治家としての心構え的な講義もあれば、財政、環境問題、農林業等の政策課題ごとの入門編的な講義もあった。国政の課題を広く浅く短期間でカバーするにはよい研修だった。印象的だったのは、殆んどの研修に、小泉総理や武部幹事長、与謝野政調会長(当時)等の党幹部が出席していたことだ。忙しい時間をやり繰りして自ら新人研修を行い、きちんと指導しようという党執行部の意気込みが感じられた。
派閥入りの判断と総裁選挙
今回の総選挙でますます派閥の意義が薄くなった。中選挙区時代の性格を色濃く残す従来の派閥は、@選挙対策、Aポストの割振り、B資金集め、C政策の勉強という機能を有してきた。今回の総選挙では党本部の広報戦略が大成功を収め、選挙戦を党本部主導で戦うという色合いが一層濃くなった。さらに小泉総理になり、適材適所の閣僚人事が続き、ポストの割振りにおいて派閥の力を発揮できなくなった。政治資金の規制が厳しくなり、党本部が割振る政党助成金の重要性も高まってきた。党執行部主導で新人研修をみっちり施すことで、政策集団としての派閥の役割、先輩議員が新人議員を指導するといった機能も相対的に重要性を落とした。さらに、総裁選挙において党員票の比重が高まったことにより、単なる派閥の力学だけでは総裁にはなれず、一般党員の支持を得られる(=多くの国民に支持される)政治家のみが総裁になれる。従って、総裁になるために派閥を維持することのメリットは以前より少なくなった。今後、長期的には中選挙区時代の残滓である従来型の派閥はなくなり、課題ごとの勉強会や政策グループがゆるやかに形成され、それが今とはちがう形の「新しいグループ(派閥)」になっていくと思われる。
今年秋の自民党総裁選挙では、従来の派閥の影響力がさらに弱まり、また党員票の比重が高まったことから、これまで以上に理念や政策の勝負となるだろう。そして無派閥新人議員の多くは、総裁選挙において、候補者の理念や政策に対する評価という視点で投票行動を決めることになるだろう。いわば党内の浮動票となる新人議員の動向が、総裁選の行方を左右しかねない。そして筆者のような無派閥の新人議員にとっては、ポスト小泉の総裁候補の面々が理念や政策の違いを明確にして国民の前で堂々と議論するスタイルの総裁選挙にしてもらわなければ、誰に投票していいものか分からない。国民の前でオープンに議論し、総裁を決めるというやり方を確固としたものにすることにより、自民党が国民の理解と信頼を得ることに繋がる。
無派閥新人の勉強会立ち上げ?
今でも、派閥のモチ代や氷代、派閥の先輩議員から受けられる様々な支援を考えると、派閥に入るメリットは大きいのかもしれない。しかし、小泉総理の政治姿勢が国民の支持を受けたということは、国民の多くが派閥政治の終焉を望んでいるということであろう。永田町の常識やルールをよく理解しないまま、あせって派閥入りするより、我慢してでも無派閥でいようと思う。
しかし、無派閥を続けるのにはそれなりに苦労がある。派閥からの資金的なサポートもなければ、陳情処理等で派閥の先輩を頼ることもできず、派閥の勉強会に出て先輩の指導を受けることもできない。やはり一人でいる不安感もある。83会という新人の同期会があるが、すでに派閥入りを決めた新人も多く、83人もいると人数が多すぎ、求心力が働かないように思う。そこで、比較的年齢が近くかつ無派閥で政治経験が少ない新人で勉強会をつくろうと考えた。分からないことがあったら遠慮なく教え合い、特定のテーマで一緒に勉強し、それぞれの得意分野を分担し、情報を共有するといった互助組織にしたいと思った。無派閥のまま一人でいると、不安感や孤独感から派閥に取り込まれてしまう可能性もあるが、新人同士による勉強会を作ることで、無派閥のデメリットをなくそう思った。言わば、派閥の代替となる無派閥のグループが必要に思う。また、一人で独自の政策立案や議員立法等に取り組む事は安易なことではないが、例えば、10名の議員と10名の政策秘書の考えを持ち寄れば、それなりの力を発揮できるだろう。そんな新人政策勉強会創設について、11月頃から新人議員の間で話していたら、12月中旬になり、同じような構想を別グループも考えていることが分かった。似たようなことを考える人がいるものだと感心したが、筆者の考えている勉強会とは若干異なる趣旨のようなので、引き続き無派閥新人議員の政策勉強会作りを目指したい。
政と官のお付き合い
国政における政と官の関係も新人の筆者にとって戸惑うことのひとつであった。筆者は特別国会中に衆議院の安全保障委員会、青少年問題特別委員会、国際テロ対策及びイラク人道支援特別委員会の委員を務めた。各委員会の前に、所属委員会関係省庁の担当者によるレクチャー(「レク」)が入ることが多く、役所との接点ができる。
* 但し、初めて参加した特別国会では、本会議をはじめ、各委員会も事前に決められた筋書きに沿って運営され、筆者は採決に参加できても、発言(質問)の機会は与えられなかった。
では衆議院の委員会において質問できなければ、自分の意見を国政に反映させる機会がまったくないかというと、そうではない。自民党が政権与党であるため、内閣提出法案や予算案の提出にあたって、各省庁は党政務調査会の部会の審査を受けることになっている。部会は各省庁に対応して設置され、自民党国会議員ならば誰でも自由に出席、発言できる。部会には省庁側から担当局長や課長による説明があり、質疑応答を経て部会の合意が形成される。部会には新人議員でも自由に参加でき、自分の意見を主張することができる。国会会期中の部会の多くは朝8時に始まり、各部会での議論は、国会の委員会が始まる頃まで続く。
自分の興味ある部会に、何度か出席したり、発言したりすると、役所からのアプローチが始まり、省庁の担当者が資料を持って議員会館の事務所に「レク」に来て、懇切丁寧に説明してくれる。そのときの役人の口癖が、「釈迦に説法ではございますが」というフレーズで、やたらと丁寧に教えてくれる。「レク」という表現自体、若干の違和感を覚えるが、とにかく丁寧に教えてくれるのは確かである。しかし、官庁の「レク」ではどうしても所属官庁の利益になる説明に偏りがちであるため、極力国会図書館からの情報収集や、テーマによっては
NPO や学識研究者に説明をお願いし、政府とは異なる視点からの意見聴取にも心がけている。各省庁の担当者、国会図書館の調査員、
NPO スタッフ並びに学識経験者ではそれぞれ説明に特色がある。例えば、各省庁の担当者に、抽象的な質問や様々な部局にまたがる質問をすると、大勢で説明にやってくる。省庁の縦割りだけでなく、省内でも局ごとや課ごとに縦割りで、ひとりで質問に答えられる担当者がいないケースが多い。役所の説明は部署ごとに細切れで、問題の全体像が見えにくい傾向がある。また、役人は当事者であるため、どうしてもコメントは慎重になるし、純粋に客観的な情報とは言い難い。それに対し、国会図書館の調査員は、あいまいで大雑把な質問に対しても枝葉末節を取り払って要領よく客観的に説明してくれる。国会図書館の調査員よりも、省庁の担当者の方が細かいところまでよく知ってはいるが、全体像を短い時間でつかもうと思ったら国会図書館の調査員の方が適している。一方、
NPO スタッフは現場のノウハウや特定の分野の知見に関しては、役所と同じかそれ以上の情報を持っていることも多く、ミニシンクタンクとして政策形成のお手伝いをお願いできる。
国会議員としての初の海外出張
新人議員でも自分の専門分野であれば即戦力として活動できると考え、国際協力分野で積極的に行動している。隣国アフガニスタンで6ヶ月間人道援助に携わっていた頃、パキスタンに何度も行ったことがあったため、昨年10月末に与党パキスタン地震対策本部の現地調査団に参加した。また、国会議員になる以前、インド洋津波発生直後、スマトラ島への緊急人道援助チームに参加した経験があるため、11月末にユニセフ議員連盟のインドネシア・スマトラ島津波被災地現地視察団に参加した。
パキスタン地震に関する人道援助に関し、党の部会で省庁の幹部職員に対し、提案をしたことがある。筆者が「例えば、
A というやり方はできませんか?私の経験から言って、できるはずです。」と質問したところ、提案に対し、実施の可否について答えず、「そういったやり方は検討したことがありません。」という趣旨の答えが返ってきた。こちらが具体的な提案をしているのだから、それに対する問題点、メリット・デメリットや実施困難な理由等の回答を期待していたにも関わらず、答えにならない答えしか返ってこなかった。別の機会に、当該省庁の現場担当者に聞いてみると、すでに他国では筆者の提案したやり方を採用しており、担当者も意義を認めていた。どうやら部会に出てくる幹部職員は、想定問答集の範囲内の質問にしか答えるつもりはなく、想定の範囲外のことには答えないつもりだったようだ。個別具体的なテーマに関しては、現場の担当者の方がよほど詳しい。現場から遠く離れた本省のエリートに政策立案を任せ切りにするのは恐ろしいことだと痛感した。いかに優秀なキャリア官僚であっても、現場で泥をかぶりながら働く人達が肌で感じているリアリティを無視していては、有効な政策はつくれない。
自民党の党改革:シンクタンク設立
自民党は近年様々な党改革に取り組んできた。今回の総選挙で大成功を収めた候補者公募制度も党改革実行本部のイニシアティブで始まった。そういう意味では筆者は党改革の申し子であり、党改革実行本部には恩があるため、党改革には積極的に取り組みたいと思っている。
特に注目しているのがシンクタンクの設立である。シンクタンク準備室長には元阪大フロンティア研究機構の鈴木崇弘教授が就任し、先の立党50周年の際にシンクタンク設立が正式発表された。筆者の大学院の指導教官が鈴木教授の元同僚であったことから、一大学院生としてメールで何度かやり取りしたことがあった。大学院では、従来日本では官僚主導の政策形成が主であったが、官僚機構による「政策マーケット」の独占が時代のニーズに答えられなくなってきたため、その自由競争化が必要である、という仮説を立てて日本の政策形成の問題点や今後のあり方について研究していた。ここでいう「政策マーケット」とは、さまざまな視点から複数の政策が提案され、オープンな議論と比較検討を行う場のことである。官僚機構、学識経験者や
NPO 、シンクタンクがそれぞれ多様な観点から政策案を提示し、それらが比較検討され、切磋琢磨する中で政策の質が向上していくのではないかという問題意識を以前から持っていた。
そして国政の場に飛び込んでみて、大学院で考えていた問題意識に間違いがなかったことを実感した。「政策マーケット」改革を達成するためには、シンクタンクの発展が欠かせない。日本でシンクタンクと言われてきたのは、証券会社が設立した営利目的の研究機関であったり、官庁の下請け調査研究機関であったりで、非営利の独立した公共政策シンクタンクはほとんど存在しない(例外は「構想日本」等)。本格的なシンクタンクの設立が必要であると考えているが、党内の一部には反対も多い。しかし、官庁に頼らず、政党主導で選挙時の政権公約(マニフェスト)をつくるためには、シンクタンクは不可欠である。客観データや学術的知見に裏付けられた長期的なビジョンを形成するためには、縦割りの各省庁から上がってくる政策案を切り貼りするだけでは不十分であり、シンクタンクのような専門調査研究機関が必要となる。政治主導の政策形成のため、自民党を近代的な政党にするため、本格的なシンクタンク設立が望まれる。
多少飛躍した見方かもしれないが、竹中平蔵大臣は「一人シンクタンク」と呼べる人材ではないかと思う。竹中大臣は学者としての専門性もありながら、官僚機構を操縦していく実務能力も高い。シンクタンクの意義のひとつは理論と実践をつなぐことである。学者(研究者)は専門的な知識は豊富でも、それを実務的に処理する方法に疎く、他方、実務のスペシャリストであるキャリア官僚がいかに優秀といっても、2〜3年ごとに人事異動を繰り返していては、本当の専門性は身につきにくい。アメリカのシンクタンクの場合のように、研究者と実務家がともに調査研究に取り組み、理論と実践がうまく融合されることで、学術的・専門的な知見を活かしつつ現実的な政策案の形成が可能となる。人材の流動性が高ければ、シンクタンク、政府機関、企業、大学等を行き来する人材が生まれ、政策の質の向上につながる。しかし、人材の流動性が低い日本では、理論と実践(実務)の世界を行き来しながら、双方の世界をつなぐいわば「シンクタンク型人材」が育ちにくい。その希少なシンクタンク型人材の成功例が、竹中大臣であるように思われる。シンクタンク設立は日本の政策形成の風土を変える大きな改革につながると考えている。
1期目の目標:議員立法
筆者は議員立法で法案を通すことを1期目の目標としている。日本では内閣提出法案がほとんどで、議員提出法案は少なく、提出しても成立しないことが多い。昨年の通常国会に臓器移植法改正案が河野太郎衆議院議員を中心に議員立法により提出されたが、郵政解散により廃案となった。同法案を通常国会に再提出することになったが、法務副大臣就任により、中心メンバーの河野氏が、法案提出者より外れることとなった。河野氏からの要請により、臓器移植法改正案の再提出に取り組むこととなった。小さな子どもが心臓移植を受けるために募金活動をしているニュースを見る度に心を痛めている人が多いことと思うが、臓器移植法の改正案はそういった子どもたちの命を救うことにもつながる法改正である。臓器移植は、脳死を人の死とするか否かという死生観・宗教観に関わる問題であるため、内閣提出法案とせず、議員立法の形で法案を提出することになっている。本法案に関しては、党議拘束もかからず、各議員が自己の判断に基づいて賛否を投じるのである。法案提出に向けて、厚生労働省の担当課長、医師、
NPO 等の関係者の意見を聴きながら、準備を進めている。
内閣機能の強化と併せて、前述のシンクタンク主導の政策形成と議員立法を進めることにより、政治主導の道を確固としたものにできるだろう。全てにおいて議員立法でなければいけないということはないが、複数の省庁にまたがる課題の解決には、シンクタンクの政策づくりと議員立法の組み合わせは有効であろう。例えば、昨年末の税制調査会の前には、地球温暖化対策のため二酸化炭素の排出量に応じて課税し、税収は環境対策に充当するという環境税の導入をめぐり、環境省と経産省が熾烈な争いを繰り広げた。二酸化炭素排出に課税するという発想自体は悪くないが、その税収を環境省が使うという発想に難があるように思えた。環境税の税収も一般財源にして財政赤字を埋めたり、税収分は法人税減税に回したりという発想は、環境省からは出てこない。そもそも環境省の役人は環境行政の枠内で発言することを求められており、それを超える枠組みづくりは政治の仕事である。縦割り行政の枠組みでは解決策を提示できない課題が多くなってきた現代では、政治主導で政策形成と立法に取り組む必要性が増している。その様な訳で、個人的に「立法スタッフネットワーク」という勉強会にオブザーバー参加させてもらっている。このネットワークは、政党職員、衆参議院の法制局や調査局の職員、政治学者、各議員の政策担当秘書等からなるインフォーマルな勉強会である。本来はスタッフの会であるため議員は正式な会員にしてもらえず、筆者の政策担当秘書がメンバーになって勉強させてもらっている。この会で学んだ知識や人脈を駆使し、省庁間の縦割りによる弊害をなくす為にも、議員立法の活性化に努めたい。 |