辺野古基地建設はムリと米シンクタンク報告

朝日新聞2021年4月4日(朝刊)「辺野古『完成可能性低い』米シンクタンク報告書」という記事を読むと辺野古基地建設は技術的に不可能なことがよくわかります。

これまでの沖縄県や日本人の専門家も同じことを言ってきましたが、今回は米国の戦略国際問題研究所(CSIS)が「完成する可能性は低い」と指摘した点が重要です。

この報告書はリベラルな市民団体が出したものではありません。沖縄系米国人の方々が訴える提言でもありません。冷静な分析で知られる戦略国際問題研究所(CSIS)が出した報告書という点がポイントです。

戦略国際問題研究所(CSIS)は、外交・安全保障分野のシンクタンクとしては世界でもっとも有名で優秀な部類に入ります。日本との関係も深く、ワシントンのいわゆる「ジャパン・ハンド」も在籍しています。

米国内の政治的立ち位置でいえば、超党派で中立的です。共和党とも民主党とも等距離という感じでしょうか。決して左翼系シンクタンクではありません。そして報告書を執筆したのは、元海兵隊大佐のマーク・カンシアン上級顧問です。反戦平和運動家ではなく、海兵隊の元大佐が書いた報告書です。

戦略国際問題研究所(CSIS)のマーク・カンシアン氏は取材に対し「7万1千本も杭を打たなければならない軟弱地盤は明らかに不安定」と答えたそうです。沖縄だけでなく米国内でも完成を疑問視する声が出てきたことに注目する必要があります。

もはや「辺野古が唯一」と壊れたテープレコーダーのように同じ答えを繰り返す日本政府の立場はあやういです。日本政府の公式見解は、軟弱地盤の上に立っているようなものです。元海兵隊員の執筆者でさえ、海兵航空団の辺野古移設がむずかしいと認めています。

日本政府もそろそろ認めるべきです。これ以上の軟弱地盤の埋め立て工事は、税金のムダ使いであり、無意味な環境破壊です。前例踏襲で融通が利かないという官僚制の欠陥の典型例です。

立憲民主党が政権の座に就いたら、すぐに米国政府の交渉を始め、辺野古の埋め立て工事はストップすべきです。沖縄県の民意、技術的な困難、費用対効果、抑止力への影響などを総合的に考えれば、辺野古に海兵航空団の新基地を建設すべきではありません。

高齢者の医療費窓口負担2割増法案への対案

昨日(4月8日)の衆議院本会議に政府提出の「高齢者の医療の確保に関する法律の一部を改正する法律案」への立憲民主党対案の提出者として登壇し、趣旨説明を行いました。夕方のニュースではちらっと報道されたところもありましたが、東京都のまん延防止等重点措置の報道一色になり、報道ステーションなどではスルーされました。

この政府提出法案は、75歳以上で年収200万円以上の高齢者の医療費窓口負担を2割に引き上げるものです。窓口負担の引き上げは、受診控えを招くことが知られています。受診抑制の結果として重症化することも多く、かえって医療費負担を増やす可能性さえ指摘されています。

立憲民主党の対案は、75歳以上の高齢者のうち高所得者の保険料の上限を引き上げることで、2割負担への引き上げを避けるものです。高所得者の負担は増えますが、所得再分配という観点からも望ましいと考えます。75歳以上で高所得の方は、子育ても終わり、住宅ローンも終わり、というケースが多いと思います。高所得の方には応能負担にご協力いただくことをお願いするものです。

その対案の趣旨説明の原稿を下記に転載します。医療保険制度は複雑なので、もともとわかりにくいのですが、そのうえ堅苦しい文章で恐縮です。

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高齢者の医療の確保に関する法律の一部を改正する法律案 趣旨説明

ただいま議題となりました「高齢者の医療の確保に関する法律の一部を改正する法律案」につき、提出者を代表して、提案理由及び内容の概要をご説明申し上げます。

少子高齢化が進む中、2022年以降、団塊の世代が後期高齢者となりはじめ、医療費は増加し、後期高齢者支援金を拠出する現役世代の負担も増大していくことが見込まれています。社会保障制度を持続可能で安心できるものとしていくためには、現役世代の負担軽減は喫緊の課題です。

政府案では、単身世帯で年収200万円以上の後期高齢者の窓口負担割合を2割に引き上げることで、現役世代の負担軽減を図ろうとしています。新型コロナウイルスの感染拡大による受診抑制が懸念される中で、窓口負担割合を引き上げることは、更なる受診抑制による症状の重症化を招きかねず、コロナ禍の現状で窓口負担割合を引き上げるべきではないと考えます。受診抑制による重症化は、命にも関わる問題です。

コロナ禍の今、行うべきことは、政府案のように病気の方が受診する際の窓口負担を増やすことではなく、まず保険料についての応能負担を強化していくことであると考えます。病気になった後期高齢者の患者さんたちに窓口負担のかたちでご負担をお願いするのではなく、後期高齢者の中でも高所得の方に保険料の支払いの際に応能負担をお願いする方が、より公平な制度になると考えます。具体的には、保険料の賦課限度額を引き上げ、後期高齢者の中で特に高所得の方に負担をお願いすることによって、公費の投入とあわせ、政府案の見込みと同程度、現役世代の負担を軽減できると考え、本法律案を提出しました。

次に、本法律案の概要をご説明いたします。

第一に、令和4年度以降の後期高齢者負担率について、当分の間、現行の算定方法により算定された率に、後期高齢者支援金の額の更なる縮減を通じて現役世代の負担の軽減が図られるようにする観点から、政令で定める特別調整率を加える特例を設けることとし、現役世代の負担を軽減します。

第二に、後期高齢者の負担能力に応じた保険料を課することができるよう、政府は保険料の賦課限度額の引上げの特例を設けるとともに、後期高齢者負担率の特例に対応するための保険料の見直しの影響が中・低所得者に及ばないよう、後期高齢者医療広域連合が講じる保険料の減額措置に要する費用を、国が負担する仕組みを設けることとしております。

第三に、高齢者の医療に要する費用の負担の在り方については、将来における医療に要する費用の見込み、高齢者の一部負担金に係る負担の割合を引き上げることとした場合における高齢者の必要かつ適切な受診の機会の確保に与える影響及び医療費の動向、各世代の負担能力等を勘案して検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとすることとしております。

なお、この法律は、公布の日から施行することとしております。

以上が、本法律案の提案理由及び内容の概要であります。何とぞご賛同いただきますよう、お願い申し上げます。

デンマーク国の話:福祉と税

誰だったか忘れましたが(フランシス・フクヤマだったような気が?)、リベラル民主主義を志向する国が「めざすべき理想の国」としてデンマークを上げていました。デンマークは、国民幸福度が高く、高福祉の国であり、かつ、国際競争力のある産業を持ち、それでいて脱炭素化を進め、コペンハーゲンの都市計画は世界のモデルとされています。内村鑑三の時代からずっとデンマークはめざすべき国なのかもしれません。

良いことずくめのデンマークという感じですが、高福祉や国際競争力のある産業の前提には高負担(高い税金)があるのも事実です。先日、在日デンマーク大使を党内の勉強会にお招きして、デンマークの福祉や環境政策についてお話をうかがった時にそのことを実感しました。

デンマークでは社会保障の財源は、社会保険料ではなく、すべて税金です。介護も医療も無償です。基礎年金も、保険料がなくて、税金で賄われます。手厚い社会保障が、すべて税金で賄われているため、税率は高く、国民負担率も高いです。しかし、医療も介護も年金もすべての人が安心してサービスを受けられます。

介護は無料。必要な介護サービスは24時間受けられ、自宅での介護が基本です。介護職は地方公務員です。非正規雇用の介護士はいないわけです。高齢者の年金は月額で約20万円と手厚いです。

保育サービスも充実しています。地方自治体には、希望するすべての子どもに保育サービスを保障する義務があります。子ども手当もあります。産休と育休も手厚く、出産や育児で仕事を辞める人は少ないです。女性の社会的地位は高く、男女平等という感覚が徹底しています。国民1人当たりの子ども関連の政府支出は、日本が14,392円に対して、デンマークは95,454円です。

医療費も無償で、不妊治療も無償です。医療保険制度は1973年に廃止されました(財源を税に換えたため)。人口当たりの医師数と看護師数は日本より多く、手厚い医療体制です。コロナ対策でも検査体制は日本と比べものにならないくらい充実していて、ワクチン接種も日本よりずっと順調です。

一人当たりの国民所得もデンマークの方がだいぶ多く、経済的に豊かであり、かつ社会保障制度や子育て支援が充実していて安心できる社会です。私もデンマークのような国はモデルになると思います。自然エネルギーや省エネでも先進国です。

医療保険も介護保険も年金保険料もなく、すべて税で負担することにはそれなりにメリットもあります。メリットがあるからこそデンマークは医療保険制度を廃止したのだと思います。ものすごく大雑把にいえば、保険料をなくせば、日本年金機構も協会けんぽも必要なくなります。たとえば、日本年金機構の従業員(非正規雇用含む)は約2万人くらいで、年間予算が3千億円超ですが、そういった管理費の部分は削減できます。

もちろん社会保険制度を大改革して保険料徴収をやめるのは、時間も労力も政治力も必要で簡単なことではありません。すぐに着手すべき優先課題でもありません。その前にやることはたくさんあります。

しかし、増税するけれど、その代わり社会保険料負担が減るのであれば、低中所得層にはメリットの方が大きい可能性があります。社会保険料は高所得者でも「負担額」に上限があるため、超富裕層の「負担率」は低くなる傾向があります。税金よりも社会保険料の方が、所得の再分配機能が弱くなります。

これまで増税には抵抗感が強いけれど、社会保険料の値上げの方が抵抗感が低いため、安易に社会保険料が値上げされてきたように思います。社会保険料だと、「いつか自分に返ってくるお金」という感覚があり、負担増への抵抗感がやや薄れます。それに対して増税への心理的抵抗感は強く、増税より保険料の値上げが選ばれやすい雰囲気がありました。

医療や介護、障がい者福祉や子育て支援を充実させるためには財源が必要です。財源なきバラマキではいつか悲惨な結果を招きます。デンマークみたいに国民幸福度の高い国をつくるためには、増税がいいのか、それとも保険料の値上げがいいのか、冷静に分析してみることも必要かもしれません。

コロナ危機が「法人税引き下げ競争」を終わらせる。

先進各国で1980年代以降あいついで法人税率が引き下げられてきました。「法人税引き下げ競争」と呼ばれ、新自由主義路線のサッチャー政権(英国)とレーガン政権(米国)が口火を切りました。日本もその波に乗り、法人税の引き下げ競争に参加してきました。

安倍政権下の平成27年度および28年度にも法人税率を引き下げ、「法定実効税率」は改定前の34.62%から29.74%に下がりました。こんなに法人税率が下がったのは、ここ20~30年のことです。1980年代の日米英独仏の法人実効税率は50~60%でした。

経済のグローバル化が進むなかで、各国政府は、多国籍企業の資本を呼び込むため、立地競争力の決定要因のひとつの法人税を競うように引き下げました。税金が安いのは良いことのように思えるかもしれませんが、納税者の立場から見ればデメリットも大きいです。

法人税を下げれば、当然ながら税収は減ります。税収減を補うため、移動性の低い税源への課税が増税されました。その最たるものは消費税増税です。法人税の減税による減収を補うために、すべての国民が払う消費税を上げてきた歴史があります。

しかし、法人税率の引き下げ競争にも変化が現れました。原因はコロナ危機にともなう財政支出拡大です。コロナ危機の真っ最中には、給付金や医療費などで財政出は増えます。増えた支出の財源確保のため、法人税を引き上げる動きが出てきました。

米国のバイデン大統領は、コロナ後の経済復興の財源を確保するため、法人税を現行の21%から28%に引き上げる方針です。米国では、連邦政府の法人税の他に州政府が法人税をかけることもあります。例えば、カリフォルニア州の法人税は8.84%なので、合計で36.84%となり、日本の法人税の方が安くなります。

英国も約半世紀ぶりに法人税を引き上げます。コロナ禍の経済危機が終わっている頃だろうという見込みのもと、2023年から現行の19%から25%に引き上げる方針です。保守党のサッチャー首相が大幅に引き下げた法人税を、保守党のボリス・ジョンソン首相が引き上げるという歴史的な大転換です。

新自由主義的な経済政策の柱が、法人税の引き下げによる国際競争力強化でした。新自由主義をリードしてきた米国と英国がそろって法人税を引き上げるのは、潮目の変化を象徴しています。いまは「歴史の転換点」だと思います。

今年(2021年)中にはOECDを中心にして議論してきた「GAFA課税」の方針が固まる見込みです。多国籍企業の租税回避行為を防ぎ、公平な課税をめざす国際的な動きです。望ましい方向だと思います。

日本も法人税引き下げ競争から降りて、公平な税制をめざすべきです。過去30年近くにわたって法人税を引き下げ、所得税の累進性を低くして富裕層減税をすすめ、税の再分配機能が弱くなりました。税の再分配機能の低下が、格差社会を生みました。コロナ危機のいまこそ「税の公平化」を進めるべきタイミングです。

ジェンダーギャップ指数120位:ぜんぜん「女性活躍」じゃない日本

今年も世界経済フォーラム(WEF)の「ジェンダーギャップ指数」が発表されました。今年は156か国中120位という恥ずかしい結果。先進国クラブのG7で最下位は当然ですが、多くの発展途上国と比べても低い位置です。日本のひとつ上の119位はアフリカのアンゴラでした。長期独裁政権が続いたアンゴラに負けました。

ジェンダーギャップ指数が評価するのは「政治」「経済」「教育」「健康」の4つの分野です。日本がいつも悪いのは「政治」分野です。「健康」はふつうですが、「教育」がやや悪く、「政治」がとても悪く、「経済」も悪いというのが定番です。国会議員の女性比率などに基づく「政治」の評価は147位です。女性の国会議員や大臣が増えると、だいぶ改善されます。

しかし、いまの菅政権、自民党政治が続く限りは、ジェンダーギャップ指数の改善は見込めないでしょう。オリンピック・パラリンピック委員会の森喜朗委員長(元総理)の女性蔑視を自民党内から批判する声はさほど上がりませんでした。森元総理があいかわらず影響力を持つ自民党内では、ジェンダーギャップをどうにかしようという意識は低いと思います。

菅政権の男女共同参画担当大臣は、選択的夫婦別姓制度にも反対です。自民党の女性国会議員の多くは、「男社会で生き残るのが上手な女性」というパターンが多いように思えてなりません。自民党が選ぶ女性国会議員は、あまりジェンダー平等推進に熱心ではありません(熱心ではないどころか、邪魔しているケースもあります)。

ジェンダーギャップ指数が低い最大の要因は「政治」分野の後れです。女性議員を増やすには「クオータ制」の導入が効果的です。国として導入できないのであれば、政党として導入したらよいと思います。女性議員を増やそうという本気度を政党間で競うのはよいことです。

女性を差別する男性がいるのも、そうじゃない男性がいるのも、その男性がそれまでに置かれてきた環境に起因すると思います。生まれつきの差別主義者はいなくて、周囲の人たちの言動や教育に影響を受けて差別意識が芽生えるのだと思います。教育環境や職場環境(特に管理職の女性比率)は大事です。

私が卒業した国際基督教大学(ICU)は、昔から女性が差別されることも少なく、男女比もバランスよく(私の頃はやや女性の方が多かった気がします)、女性の卒業生がとても活躍しています。ICU出身の現職の国会議員は現在5人いますが、そのうち男性は私だけです。立憲民主党では大河原雅子衆議院議員と牧山ひろえ参議院議員が先輩です。「ICU卒の国会議員」に限定すれば、女性8割に対して男性2割となり、ジェンダーギャップはなく、むしろ男性の活躍がだいぶ足りてません。

しかし、この現象は単なる偶然とは思いません。ICUでは女性だからといって差別されたり、リーダーシップをとれなかったりということはありません(少なくとも私の知る範囲では)。ICUでは「控え目な女性がよい」みたいな価値観は昔からなかった気がします。大学で男女差別なくのびのびと学び育った女性の卒業生は、社会に出てからも積極的に活躍できることの証左だと思います。ICUの教育環境のインパクトだと思います。

また、新卒で採用されたJICA(国際協力事業団:当時)は、女性の総合職比率も高く、女性が働きやすい政府機関でした。私は1996年にJICAに入団しましたが、第4回世界女性会議(通称:北京会議)の直後でもあり、ジェンダーが国際協力の世界で重要テーマでした。農業でも、教育でも、職業訓練でも、あらゆる分野の技術協力プロジェクトにジェンダーの視点を取り入れることが原則とされ、私もジェンダー研修を受けた気がします。

JICAで最初に配属された部署の2人目の直属の上司(課長代理)は女性で、次に異動した先の部長はICU卒の女性でした。最後にJICAを辞めたときの理事長は緒方貞子さんでした。そういう職場環境で育つと「女性に管理職は務まらない」などというのが妄言だと実感できます。ついでに立憲民主党で私が国対委員長代理をしていたときの上司は、辻元清美国対委員長でした。私の個人的な経験則では、女性の上司の方が、決断が早くて、それでいて緻密です。森元総理はそういう女性の上司にお仕えしたことがないのでしょう。

政治におけるクオータ制導入、官公庁や大企業における女性管理職比率の引き上げなど、女性差別の撤廃に本気で取り組む必要があります。急務です。日本の経済停滞、人口減少(出生率低下)、所得格差拡大の一因になってきたのは、女性に対する差別です。

学生インターンの卒業シーズンです。

今年も大学生のインターンが卒業します。今年の卒業生は、第一希望のマスコミ関係に就職が決まり、4月から社会人です。わが事務所でインターンを受け入れ始めたのが2005年でしたが、第一号の学生インターンもマスコミ関係に就職しました。これで合計3人の元インターンがマスコミ関係者ということになります。

第一号のインターンは某国に特派員として赴任中ですが、メールで現地情勢を教えてくれたりして、今でも関係が続いています。もうひとりのマスコミ関係の元インターンもときどき事務所宛に連絡があります。元インターンの就職先で多いのは役所関係です。元インターンの就職先には法務省、総務省、外務省、防衛省、金融庁、JICAなどがあります。

しかし、うちの事務所のインターン出身で議員になった人は今のところゼロです。議員事務所でインターンすると、行政の大切さがよくわかるのかもしれません。立法府と行政府は密接に関係していて、私も中央省庁の官僚とは接点が多いので、インターンの皆さんも中央省庁の仕事の一端を知り、それが刺激になったのかもしれません。

今年のインターン生は事務所での活動をとても感謝してくれて、「大学よりも山内事務所で学んだことの方が多いです」と言ってくれました。大学で学んだことより、うちの事務所で学んだことの方が多いはずはなく、半分はお世辞でしょうが、それでもうれしいものです。インターン中の地元活動を通してお世辞をうまく言えるようになったのかもしれません。それも含めて成果です。

私はインターンに来る学生には、できる限り時間をさいて話をしたり、いっしょに政策の勉強をしたり、ご飯を食べたりするよう心がけてきました。特にしつこく指導したのは「本を読め」と「学問を軽視するな」ということです。自分がこれまでの身につけたノウハウや人脈を紹介し、社会人としてのテクニックや礼儀を身につけられるよう、努力してきたつもりです。

というのも、私は大学生の頃にほんとうに多くの大人にお世話になり、いろんなことを教えてもらいました。特にフィリピンに留学していた頃は、フィリピンの人はもちろんですが、在留邦人(主にJICAやNGOの関係の日本人)にお世話になりました。

世間知らずで、常識に欠け、怖いもの知らずだった二十歳ごろの私は、初めて会ったJICA関係者の方の自宅に図々しく泊めてもらったり、見ず知らずのNGOの現地事務所長に手紙を書いて(*当時はインターネットが普及する前でした。)、プロジェクト地の施設にタダで寝泊まりさせてもらった上に、三度のご飯まで食べさせてもらったりしていました。現地の日本人社会の厚意に甘えて図々しくのびのびとフィリピンで暮らしていました。

フィリピン時代におつき合いのあった日本の援助関係者は、だれもが何の見返りも求めずに、世間知らずの留学生の私に、いろんなことを教えてくれて、ご飯もご馳走してくれて、泊まるところも提供してくれて、お世話になりっぱなしでした。もともと援助業界で働く日本人は、親切でやさしい人が多いです(そういう人が集まりやすい業種です)。

しかし、お世話になった人たちに何ひとつ恩返しをしていません。いちばんお世話になったミンダナオ島の池田さんという方も数年前にお亡くなりになったと聞きました。今となってはお世話になった人たちにご恩を返そうにも返せません。当時お世話になった人たちのうち連絡先がわかる人はほとんどいません。

そこで恩返しの代わりに、自分より若い人たちに、自分がお世話になったのと同じように、お世話してあげたいという気持ちがあります。卒業していくインターンの感謝の言葉を聞いて、亡くなった池田さんに恩返ししているような気持ちになりました。といっても、私は、池田さんのご自宅やプロジェクトサイトの施設に1か月半もご厄介になり、寝る場所も食事もぜんぶお世話になり、そのうえ植林や有機農業について勉強する機会を作ってもらいました。若かりし頃の自分よりも図々しいインターンには、いまだに出会ったことがありません。まだまだ恩返しが足りません。

ピケティ「格差を作るのは政治です。」

フランス人経済学者のトマ・ピケティ教授は、「21世紀の資本」という恐ろしく分厚くて、かつ、世界的ベストセラーの本の著者として有名ですが、インタビューでの答えはストレートでわかりやすく感心しました。

ピケティ氏の新刊は「資本とイデオロギー」だそうです。まだ日本語訳は出ていませんが、「格差が生まれる仕組み」について徹底分析した1232ページの大著だそうです。新著は、歴史をふり返りながら「格差を正当化するイデオロギーがどのように変遷してきたか」を扱うそうです。

ピケティ氏は次のように言います。

格差を作るのは政治です。経済やテクノロジーが『自然』に格差を作りだすわけではありません。

多くの人が「グローバリゼーションや技術革新が格差を拡大した」と言いますが、ピケティ氏はそういった主張を否定します。「格差を作るのは政治です」という主張に私も同感です。

ピケティ氏は「支配的イデオロギーは見かけより脆い」と言います。現代の支配的イデオロギーは新自由主義です。それも「見かけより脆い」とすれば、政治を変えることで「支配的イデオロギー」を変えることができるわけで、少し希望が湧いてきます。

私たちは過去の時代の格差について不公正で専制的だと思い込みがちです。一方、現代の格差については、能力主義の結果であり、活力の源泉であり、閉鎖的なところがないと思い込みがちです。私自身はそういう見解を一言たりとも信じません。

ピケティ氏の見解に私も賛成です。現代社会の多くの勝ち組の人たちは「自分の力で成功した」と思い込んでいて、そういう人たちが「自己責任」と「自助」を強調し、冷たい社会をつくってきたと思います。

しかし、勝ち組の成功者も、もしフィリピンのスラム街やアフガニスタンの難民キャンプで生まれ育っていたら、それほど豊かな暮らしをしていたかわかりません。一流大学を卒業して一流企業に就職できたのも、自分の能力だけではなく、恵まれた家庭に生まれ塾に通って中高一貫の名門校に通ったおかげというパターンが圧倒的に多いわけです。

少なくとも飢餓や貧困、紛争や犯罪に囲まれて育ったわけではないことが成功の一因でしょう。栄養不良の子どもが学校の勉強に集中できるわけはなく、児童労働に従事する子どもが大学に通える可能性はゼロに近く、「生まれ」による格差はきわめて大きいです。

ピケティ氏は、フランスのマクロン大統領が「連帯富裕税」を廃止したことを激しく批判します。ピケティ氏は次のように言います。

いったい誰が『世の中にはビリオネアがいたほうが公共の利益になる』と主張できるでしょうか。しばしば言われていることとは反対に、ビリオネアたちが裕福になれたのは、知識やインフラや研究施設といった公共財のおかげなのです。ビリオネアたちの出現が経済成長を押し上げたという話は、純然たる間違いです。国民1人当たりの所得の伸び率を見ると、米国では1950~90年には年2.2%だったのに、1990~2020年は年1.1%に落ちています。『ビリオネアが経済成長を後押しした』という言説は、下劣なフェイクニュースです。

学者としてはかなり思い切った表現です。この部分だけ読んでもわかりにくいのでちょっと補足説明すると、1950~90年頃の米国は所得税の累進性が高く、もっとも高かった時期の高額所得者の所得税は90%近くになりました。しかし、1980年代のレーガン政権の新自由主義革命以降は、富裕層の税金がどんどん安くなり、それと同じ期間に経済成長率は大幅に下がりました。

またピケティ氏は1990年代以降に経済成長率が半減したのは、教育への投資を怠ったせいだと指摘します。先進国では大学生の数が増えたのに、それに見合うだけの予算を用意しませんでした。日本も同様です。日本の方がフランスよりひどかったかもしれません。

そのほかにピケティ氏は「私有財産は神聖不可侵」という考えをやめるべきと言います。ドイツのように企業活動における労使共同意思決定を広げたり、富裕層の資産課税を強化したりで、「私有財産の社会化」をすすめるというユニークな主張をしています。

ピケティ氏の新刊「資本とイデオロギー」の日本語訳が出たら、読んでみたいと思っています。

*参考文献:クーリエ・ジャポン編「新しい世界:世界の賢人16人が語る未来」2021年、講談社現代新書