私は 2005年9月の総選挙で初当選しましたが、立候補のきっかけは自民党神奈川県連が実施した候補者公募でした。当時の神奈川県連会長の河野太郎代議士のメールマガジンでたまたま候補者公募を知り、2005年3月末に応募しました。論文審査と2度の面接を経て、22名の応募者の中から2005年6月末に候補者に選ばれました。神奈川9区は小選挙区制度発足してから一度も自民党の候補者が勝ったことのない(比例復活すらない)選挙区でした。民主党の強固な地盤であり、郵政解散・小泉ブームが予期できない時期だったので、無謀なチャレンジだと周囲から同情されたものでした。しかし、小泉ブームのお陰もあって、初当選を飾ることができました。
そもそも国会議員になろうと思ったきっかけは、 JICA(独立行政法人国際協力機構)や国際協力NGOで働いていた時に感じた問題を解決するには、政策形成の上流部門にあたる国会や政府(外務省)を変革しなくてはいけないと思ったことでした。外務省系の政府機関で働いてみて、天下り問題、単年度主義の弊害、非効率な調達システム、政治家のODAプロジェクトへの介入など、さまざまな問題に気付かされました。次に、JICAから国際協力NGOに転職してみて、官から民への構造改革が進む中で、NGO/NPOという新しいプレーヤーの果たす役割の大切さに気付きました。
また、国の難民政策や ODA政策をより良い方向へ変えるため、NGOスタッフとして国会議員へのロビイング活動に関わってみて、社会を変えるためには、政治を変えなくてはいけないということを実感しました。国会議員を思った方向に思ったとおりに動かすのは非常に難しかったです。むしろ自分が国会議員になって政策をつくる方が早いのではないか、と思いました。
アジアの発展途上国の貧困層や難民のために JICAやNGOで働いた経験、行政の仕組みを中から見た経験、NGO/NPOの運営に関わった経験、インドネシアやアフガニスタン等に滞在した経験、国会議員や省庁にロビイングした経験等、さまざまな経験をいかして、国政の場で外交や行政改革に携わりたいと思い、公募に応じました。 |