宇沢弘文「人間の経済」【書評】

タイトルにひかれて手に取った本ですが、経済学者の宇沢弘文氏の「人間の経済」(新潮新書、2017年)はよかったです。190ページの新書なので薄っぺらですが、中身が詰まっていて、それでいて読みやすい良書です。平易なエッセイ集なのですぐ読み終わります。今年いちばんのお薦めの本です。

実をいうと私は経済学で挫折しました。高校3年生のころ、発展途上国の貧困問題に興味があったので、経済学を学ぼうと考えました。国際基督教大学(ICU)に入学してすぐに「経済学セミナー」という超地味なサークルに入って読書会などに参加しながら経済学の入門書や古典を読み始めました。経済学原論、ミクロ経済学、マクロ経済学、国際貿易論、開発経済学などの授業をとりましたが、計量経済学まで来たところで挫折し、経済学をあきらめました。宇沢先生はもともと東大で数学を専攻していて、その後に経済学に移った計量経済学の大家でもあります。

あきらめたものの卒論の指導教授はすでに決まっていたので、経済統計はほとんど使わず、東南アジアにおける日本の技術協力プロジェクトについての定性的な卒論を書いてお茶を濁しました。苦い思い出です。それ以来、経済学には苦手意識がありつつも、興味を持ち続け、経済学への片思いが続いています。

*ご参考:2018年5月26日付ブログ「学生時代のノートを読み返して」

学生時代のノートを読み返して
むかし使っていた備品や資料が必要になったので、実家にあずけておいた段ボール箱をひらいていたら、学生時代のノートが出てきました。なつかしくなって読み返してみたら、国際基督教大学(ICU)の学生時代のことを思い出しました。

宇沢先生はすごい学者です。ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ教授他の指導教官です。ローマ教皇の諮問委員会のようなものの委員を務めたり、シカゴ大学時代にミルトン・フリードマンと対決したり、歴史上の人物といってもよいでしょう。そして心ある経済学者です。市場原理主義者のミルトン・フリードマンとは真逆です。

宇沢先生は次のようにいいます。

日本の経済社会あるいはアメリカの惨憺たる状況を見て、経済学が社会の病を作っているのではないか、何とかして経済学が人間のための学問であるようにと願い、様々な努力をしてきました。(中略)その過程で私は一つ大事なことに気がつきました。それは、大切なものは決してお金に換えてはいけない、ということです。(中略)市場原理主義は、あらゆるものをお金に換えようとします。

まったく同感です。拝金主義や市場原理主義はふつうの人を幸せにしないことに、多くの人が気づいていると思います。「大切なものは決してお金に換えてはいけない」というのは、いい言葉だと思います。

最近、社会保障(医療や介護など)の乗数効果に興味を持って調べています。イギリスでは第二次世界大戦直後にジェームズ・ミードという経済学者が、医療支出には非常に高い乗数効果があると主張し、そのことが国民皆保険制度(NHS)の原点になったことをこの本で知りました。

イギリスの立派なところは、政策立案の最初の段階から一流の学者が関わっているところです。日本では、官僚中心に政策立案を行い、学者は審議会の委員のようにお飾り的に関与することが多いと思います。官僚は優秀かもしれませんが、2~3年で頻繁に人事異動し、専門性の点で不十分ということがあります。イギリス型の政策立案は見習うべきです。

また「リバティ」と「フリーダム」の違いをこの本で知りました。ジョン・スチュアート・ミルによると、「フリーダム」は無制限の自由であり、「リバティ」は他の人々の自由を侵さない限りにおいて自由である、という意味だそうです。知りませんでした。宇沢先生はリベラリズムについてこういいます。

本来リベラリズムとは、人間が人間らしく生き、魂の自立を守り、市民的な権利を十分に享受できるような世界をもとめて学問的営為なり、社会的、政治的な運動に携わるということを意味します。そのときいちばん大事なのが人間の心なのです。

日本でもアメリカでも最近は不人気な「リベラリズム」というものは、そんなに悪くないと思います。リベラルの復権も個人的には重要なテーマです。

経済成長至上主義のアベノミクスは、格差を拡大し、子どもの貧困を放置し、多くの人を将来不安に陥らせてきました。人間が中心の経済へ転換が必要な時代だからこそ「人間の経済」、お薦めです。