フランス人が書いた世界情勢地図がおもしろい

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私は地図好きです。次の総選挙で小選挙区で当選したら「自分へのご褒美」で地球儀を国会事務所用に買おうと思っているところです。そんな地図マニアにはたまらない地図をご紹介します。フランスのユベール・ヴェドリーヌ元外務大臣と国際関係戦略研究所のパスカル・ボニフォス所長の共著「世界情勢地図」(ディスカバリー・トゥエンティワン、2016年)という本(というか地図)です。

この本を読むと「フランス人はこんなふうに世界を見ているのか」という感覚がわかる気がします。フランス人の世界の見方は、米国人や英国人とは異なります。フランス人の国際政治の専門家の見方は、新鮮だったり、驚きだったり、おもしろいです。

日本人(および、日本の政策決定者)の思考にもっとも影響を与えている外国は、米国だと思います。その次は英国でしょうか。米国の政治や経済は、日本で大きく報道されます。英国もそこそこ報道されます。また日本の官僚や知識人の多くは英語教育を受け米国留学組です。その次に多いのが英国留学組でしょう。従って、日本の政策決定者の多くは、英米事情は詳しくても、その他の国はよく知らないと感じます。

いろんな意味で米国や英国の影響は大きく、知らず知らずのうちにアングロサクソン流思考の影響を受け、米国流や英国流の考え方を「世界標準」だと誤解してしまいがちです。*厳密にいうと米国と英国もだいぶ文化や思考法は異なります(ジョージ・バーナード・ショーが「英国と米国は、英語という共通の言語によって隔てられている」と言ったと言われているように)。

そんな中で西洋文明の中でも色合いの異なるフランス人やドイツ人の思考法や世界の見方を知ることは、バランス感覚を取りもどすために有益だと思います。世界にはいろんな見方がありますが、それを実感するのに便利な道具が世界情勢地図です。

世界情勢地図には「文明の衝突」のページがあり、国際政治学者のサミュエル・ハンティントン氏の8つの文明の区分を採用して解説しています。8つとは「西洋文明」「ラテンアメリカ文明」「東方正教会文明(ロシア、ギリシア等)」「アラブ・ムスリム文明」「アフリカ文明」「仏教・儒教文明(中国等)」「ヒンドゥー文明」「神道文明」です。

日本人の私にとって以外なのは、日本だけが「神道文明」という1国で1つの文明を形成している点です。ハンティントン氏は、歴史家のアーノルド・トインビーの文明論の影響を強く受けており、トインビーが日本を独自の文明に分類したのでその影響だと思われます。

それにしても「神道文明」という言い方は、神道の影響を過大評価しているように思えてなりません。日本は、日本固有の神道や自然崇拝に加えて、仏教・儒教、西洋文明の影響も受けています。「神道文明」というより「日本文明」と呼ぶ方が適切な気がします。フランス人の学者がそれほど神道を重視しているのがおもしろいです。

世界情勢地図の「テロ」の解説も公平でユニークです。たとえば、次の指摘にはハッとさせられます。

近年では、イスラム・テロの最大の犠牲者はイスラム教徒である。この2年に関しては、テロの犠牲者の80%がイラク、シリア、イエメン、アフガニスタン、パキスタン、ナイジェリアで被害にあっている。

フランスで相次いだテロ事件や米国9・11同時多発テロで多くの欧米人が犠牲になりました。しかし、テロの犠牲者全体に占める欧米人の割合は低く、もっとも被害にあっているのはイスラム教徒なのは明らかです。「イスラム教徒=テロリスト」というステレオタイプ的な誤解は間違いです。

誰の言葉か忘れましたが、欧米諸国のホームグロウン・テロに関して「イスラム教徒か過激化してテロリストになったというより、過激派がイスラム化して自爆テロ事件を起こすケースが多い」と指摘していました。

自殺願望者が、居場所と死に場所を求めてイスラム・テロ組織にコンタクトするケースがしばしば見られるようです。テロを起こす直前まで酒を飲んでいた“イスラム過激派テロリスト”の事例がありましたが、そんなヤツが敬虔なイスラム教徒のはずがありません。正統派イスラム教徒にとっては迷惑千万です。

イスラム・テロを抑え込むには、穏健なイスラム教徒、世俗的なイスラム教徒、不条理なテロを許さない正統派イスラム教徒との連携が重要です。イスラム教徒を敵視すれば、イスラム・テロ対策は後退するだけです。

世界情勢地図は次のように述べます。

イスラム教の名の下に行動していると信じる狂信的なジハーディスト(聖戦主義者)がテロ行為に頼るのをやめさせることが、すべての関係国にとって、長期にわたる一つの対抗策になるだろう。政治、経済、文化、社会、教育、神学の各分野で対抗策を実践し、テロリストの資金源と支援を絶ち、温床を根絶することを目指さなくてはいけない。

まったく同感です。テロとの戦いは、軍事力だけでは対応できません。軍隊や治安機関、情報機関(CIA等)だけでテロと戦おうとするのが米国流だとすれば、フランス流のテロ対策の方がすぐれていると思います。

フランス人の国際政治学者のおもしろいところは、軍事や警察、情報機関については一言も触れずに「政治、経済、文化、社会、教育、神学の各分野で対抗策を実践」と言い切るところです。米国人や日本人には出てこない発想かもしれません。

特にユニークだと思ったのは「教育、神学」のところです。イスラム教徒の過激化、および、過激派のイスラム化を防ぐには、こころの問題にも目を向けるべき、というのは興味深い視点です。教育や神学の重要性を指摘する点がおもしろいです。フランス人の“リベラルアーツ的”思考のテロ対策は、日本も参考にしていいかもしれません。

世界情勢地図のよいところは、さまざまな国の世界観がわかるページが充実している点です。たとえば「フランスから見た世界」「日本から見た世界」「メキシコから見た世界」「イランから見た世界」など世界の主要国から見た世界と国際関係の地図が掲載されています。

日本の政治家やジャーナリストを観察して思うのは、「日本と米国」「日本と韓国」「日本とフランス」「日本とイラン」のように「日本と〇〇国」の関係はよく知っています。しかし、「インドとロシア」「イランと中国」「米国とドイツ」のように日本以外の主要国間の国際関係に興味がない人も多いように感じます。

あたり前のことですが、日本には日本の国益があるように、インドにはインドの、フランスにはフランスの、フィリピンにはフィリピンの国益があります。日本と相手国の二国間の利害だけを見ていると、相手の出方を見誤ります。自己中心的、独善的な思考は、外交において危険です。

たとえば、近年の日本では、対中包囲網の形成という観点からインドを重視する流れが強いですが、インドにはインドの世界観があります。ここ数年はインドと中国の国境紛争があり、両国の関係は悪化していますが、それがすべてではありません。

インドは伝統的に非同盟外交の盟主を自認してきた国であり、同盟関係の構築に慎重です。インドは、米国や日本との関係を強化する一方で、旧ソ連時代からロシアから最新鋭の武器を輸入しており、ロシアはインドの準同盟国と言っていいでしょう。

世界情勢地図のインドのページで重要なポイントとしてあげられているには、(1)非同盟主義、(2)旧ソ連以来のロシアとの軍事協定、(3)パキスタンとのライバル関係と過去3回のインド・パキスタン戦争、(4)中国とのライバル関係、(5)上海協力機構の加盟などが出てきます。

原書は2015年に刊行された少し古い本なので、その点は割り引くとしても、その時点では日本がインドにとって重要な国とは見なされていません。「フランス人の学者が考えるインド人の世界観」なので、必ずしも正確とは言えないかもしれません。しかし、インドと日本の関係がもっと目立っていれば、フランス人学者も気づいたはずです。インドの外交安全保障政策における日本の存在感はその程度のものなのかもしえません。日本の政治家や政府関係者へのインドへの片思いは、ちょっと冷静になって熱をさました方がいいかもしれません。

世界情勢地図を見るとフランス人のアジア観は日本人には厳しいものです。「日本から見た世界」を読むと、大枠で囲ってある最重要ポイントとして「アジアでは、日本の軍国主義復活に対する懸念が消えない」と強調してあります。欧州から見たアジア情勢はそうなんでしょう。予想通りといえば、予想通りです。

世界情勢地図の「日本」の部分の一部にけちをつけさせてもらうと「1905年、ロシアは日本に軍事的敗北を喫した。白人が白人以外との戦争に敗れたのは、何世紀かぶりのことである。」という記述がありました。フランス人の学者の不勉強とは思えないので、意図的なのか、助手や訳者のミスなのかもしれませんが、「白人が白人以外との戦争に敗れた」戦争としては、日露戦争と並んで1896年の「アドワの戦い」があります。フランスの支援を受けたエチオピア軍がイタリア軍を破っています。

世界情勢地図には私が気づいただけでも、何点か疑問(事実誤認)が見られるので、私の専門外のところにもミスがあるかもしれません。それを差し引いても、世界各国の世界観がわかり興味深い本(地図)です。自国の実力を、過大評価せず、過小評価もせず、適切な距離をおいて客観視するのは難しいです。その一助になるのが、他国の人が書いた本を読むことだと思います。世界情勢地図、お薦めです。

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