ワクチンの知的財産権より命を優先

知り合いから送っていただいたバングラディシュの新聞(The Daily Star:2021年2月15日付)の見出しが強烈です。

Intellectual property cause of death, genocide(知的所有権が死とジェノサイドを引き起こす)

同紙は、世界貿易機関(WTO)が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンに知的財産権の保護を優先し、COVID-19関連のワクチンや治療法に関わる知的財産権の保護の免除を認めなかったことを批判しています。

2020年4月の国連総会では、感染症に対する治療とワクチンへのアクセスが、万人に対して廉価な価格もしくは無償で保障されるべきという考え方が示され、それを実現するための国際協力の必要性がうたわれました。治療薬とワクチンの供給は完全に市場に委ねるのではなく、何らかの公共的な枠組みの下で、万人の公平なアクセスを可能にする「国際公共財(global public goods)」の考え方が打ち出されました。

世界ではCOVID-19ワクチンの争奪戦が行われ、中国やロシアは「ワクチン外交」で発展途上国への影響力拡大を図っています。中国やロシアの努力を一概に否定することはできません。発展途上国の人たちが助かるならそれもよいかもしれません。

しかし、中国やロシアがワクチン外交で何らかの見返りを求める可能性が高いのであれば、望ましいことではありません。やはり国際公共財を公平に配分するための国際的枠組みが必要だと思います。

2020年10月2日に南アフリカ政府とインド政府が、WTOの貿易関連知的財産権協定(TRIPs)理事会に対して、各国が医薬品、診断薬、ワクチンに関する技術や製品の開発・製造を拡大できるようにするため、COVID-19の収束までの期間、COVID-19に関わる予防と治療に関する知的財産権(著作権、意匠、特許等)の免除を共同提案しました。

南アフリカとインドの提案には、100か国以上が支持もしくは歓迎を表明しました。世界保健機関(WHO)や国連合同エイズ計画(UNAIDS)をはじめ国際機関や多くの市民社会組織も同提案を支持しています。しかし、米国、EUそして日本などの先進国が、反対の立場をとり、合意に至りませんでした。

日本政府が反対したのは残念です。製薬会社の知的財産権の保護は大切ですが、多くの人の命を救うことはもっと大切です。出典は忘れましたが、何かの雑誌で、ポリオワクチンの開発者が知的財産権を放棄して、「そんなのあたり前じゃないか」みたいな発言をしたという記事を読んだ記憶があります。ポリオ開発者のような人道的判断を求めたいものです。

製薬会社が新薬や新しいワクチンを開発するのに莫大な時間とお金がかかることはわかります。他方で、今回のワクチン開発競争には、各国政府の膨大な開発費の支援があると思います。そういった公的な研究開発支援のことを考えれば、製薬会社の収益を絶対視する必要はないと思います。また、国際的な枠組みで製薬会社に一定の補償を行うという手段も考えられます。

その上でやはりCOVID-19関連の知的財産権の一時停止は必要な措置だと思います。インドのようなジェネリック医薬品製造大国が安くワクチンを提供できるようになれば、発展途上国の何十億という人たちが救われます。救える命より製薬会社の利益を優先する判断は避けるべきです。そして日本政府も倫理的対応をとるべきです。COVID-19ワクチンに関しては、万人に公平なアクセスを保障すべきだし、そのためにこそ日本政府はリーダーシップを発揮してほしいと思います。

たとえば、フランス政府が導入している「国際連帯税」という税が参考になるかもしれません。国際連帯税は、2005年にフランス議会で承認され、フランスから航空便で出発する乗客が課税対象となります。税収は国際機関(UNITAID:国際医薬品購入ファシリティ)を通して発展途上国の感染症(エイズ、マラリア、結核など)対策に使われます。

航空業界が苦境にある時期に航空税はむずかしいでしょうが、発想としては国際貿易や国際的な金融取引に課税して、COVID-19ワクチンを開発した製薬会社に一定の経済的補償を行うといった手もあるかもしれません。日本政府は、発展途上国の政府や市民社会組織と対話して、前向きな解決策を提案していってほしいと思います。単に南アフリカとインドの提案に反対するだけでは、国際社会における日本のイメージが悪化するだけです。