統計データで見る税

衆議院調査局予算調査室という部署が出している「国政関係統計ハンドブック」の最新版(2020年1月版)を読みました。無味乾燥な統計の集まりですが、今の財政の危機的状況がよくわかるので、たまに見ます。

面倒かもしれませんが、まず用語の説明から;

国民負担率 = 租税負担率 + 社会保障負担率

租税負担率 = (国税+地方税)÷ 国民所得

潜在的な国民負担率 = 国民負担率 + 財政赤字対国民所得比

たとえば、国民負担率の現状を見ると、安易な減税論は危険だとわかります。いくつかの国の国民負担率(2019年度見通し)を見てみます。

日本 42.8%
米国 33.1%
英国 46.9%
ドイツ 53.4%
フランス 67.2%
スウェーデン 58.8%

日本より国民負担率が低いのは、米国だけです。国民負担率を見ると、日本はかなり「小さな政府」です。日本人の多くは誤解していますが、国際比較では日本は税金が安い国です。

欧州大陸の福祉国家はそれなりに国民負担率が高く、「大きな政府」です。充実した社会保障や格差是正の代償として税負担は重いです。税負担の大きい国ほど所得再分配機能が働き、格差は少ない傾向があります。

アングロサクソン系国家(米国、英国等)は、「小さな政府」で格差の大きな国として知られます。しかし、その英国よりも日本は「小さな政府」ということがわかります。

国民皆保険制度のない米国では、低所得層は医療サービスへのアクセスが限られ、平均寿命は途上国並みに低いです。米国は、世界最高水準の医療技術がありながら、それにアクセスできない国民が大勢います。米国モデルは参考にしない方がよいでしょう。

さらに深刻なデータは「潜在的な国民負担率」です。日本の低い国民負担率の背景には、多額の借金があります。「潜在的な国民負担率」の国際比較を見てみます。なお、カッコ内は財政赤字のGDP比です。

日本 48.2% (―5.4%)
米国 37.7% (-4.6%)
英国 50.9% (-4.0%)
ドイツ 53.4%  (0.0%)
フランス 72.2%  (-5.0%)
スウェーデン 58.8% (0.0%)

日本は、歳出を税収だけでまかなえず、借金に頼る度合いが米国以上に高いです。トランプ政権の米国より財政状況が悪いです。

ドイツとスウェーデンは、財政赤字ゼロです。福祉国家を支えるのは、高い国民負担率です。質の高いサービスを受けるには、負担がともなうのは当然です。

メルケル首相が、コロナ危機で思い切った財政出動を迅速に実施できたのは、ふだんの財政運営が健全だからだと言えます。

日本の財務省は、コロナ危機対策の補正予算額を抑えようと必死でした。何かとバッシングされる財務官僚ですが、財政悪化の状況を見ると、それはそれで職業的良心に従った結果かもしれません。

放漫財政論者が財務官僚になってはいけないし、寛容すぎる法律家が検察官になってもいけないし、いい加減な人が統計局に勤務してもいけません。財務官僚が財政規律を重視するのは当然です(最終的に判断するのは与党の政治家です)。

私は、危機にあたっては一時的に財政規律を棚上げするのもやむを得ないと思います。しかし、危機対応の大盤振る舞いは、状況を見ながら早めにやめなくてはいけません。財政健全化に舵を切るタイミングを見極める必要があります。

コロナ危機前の統計データを見ると、日本では多額の借金を未来の世代に残しながら、現在の世代が楽をしていることがわかります。私も含めて現在の世代は、この見たくない現実から目を背けるべきではありません。

少子高齢化が進むなかで、未来の世代の方が経済的に苦しくなる可能性が高いです。借金をたれ流して、未来の世代にツケを回すのは倫理的に問題です。ドイツやスウェーデンの政治家のように未来の世代に責任を持つ必要があります。

たとえば、医療費や介護費の費用負担を減らしながら、医療や介護のサービスを維持することはできません。医療や介護のサービス低下を我慢するか、もしくは、税や保険料の値上げを我慢するか、2つに1つの選択肢です。どちらかを我慢せざるを得ないはずです。

しかし、現在の日本は、医療や介護のサービスの低下を我慢せず、税や保険料の値上げも我慢せず、借金を増やすことで問題を先送りしています。我慢せずに借金を重ねてきました。そろそろ問題の先送りも限界です。

かつて「ムダを削れば、財源は出てくる」と言って失敗したのが民主党政権でした。そこは反省しなくてはいけません。

まず「ムダを削る」と言っても、何が「ムダ」かの定義が難しいです。一見ムダに見えるものも、危機にあたって重要だとわかることがあります。平時は「ムダ」に見えるものが、危機時に「余裕」だったとわかることもあります。

これまで「ムダ」として保健所の統廃合を続けてきたことが、新型コロナウイルスへの対処能力を低下させました。「ムダの削減」のつもりが、必要なものまで削減していたと言えるかもしれません。

また、駅頭で国政レポートを配っていると「財源がなければ、国会議員の給与を削れ」とよく言われます(この15年でもう何十回も言われてきました)。しかし、衆参の国会議員710人の給与をゼロにしても、私の計算では本予算100兆円超のうち0.015%程度にしかなりません。財政再建にはほとんど役に立ちません。

国家公務員給与(約5兆円)をゼロにしても、防衛費(約5兆円)をゼロにしても、年間の社会保障給付費の約120兆円に比べるとぜんぜん足りません。負担と給付のバランスが悪化しているので、「ムダを削って財源ねん出」は不可能です。

もし「ムダを削れば、医療や年金の財源は出てくる」と主張する政治家がいたら、嘘つきか勉強不足かのどちらかだと断言します。「真のムダ」を削ること自体は否定しませんが、ムダを削っても医療や介護の十分な財源にはなりません。

最近は「いくら国が借金しても問題ない。消費税はゼロにして、借金を増やせばよい」と言う人もいます。しかし、そんな安易な解決策はないと私は思います。少なくとも経済学者や財政学者の大半は、そんな楽な解決策はないと判断しています。

借金を無限に続けることは、どこかの時点で不可能になります。国債の金利負担で財政が破綻し、国民は塗炭の苦しみを味わうことになるでしょう。財政が破綻すれば、大増税がやってきて、そのうえ社会保障支出は大幅に削減されます。1980~1990年代の発展途上国でしばしば起こったことです。

国家が財政破綻したときに、いちばん苦しむのは低所得者や年金生活者です。お金持ちは、金地金や外貨などに投資したり、海外に逃げたりして、ある程度の財産を保全できるでしょう。しかし、庶民にはそんな選択肢はありません。

現役世代は働ければ給料をもらえるし、海外に移住するといった選択肢もあるかもしれません。しかし、高齢の退職者は、銀行預金の価値がなくなり、年金は減額されます。高齢者は、財政破綻の悪影響をもっとも直接的に受けます。年金生活者こそ財政破綻を警戒した方がよいでしょう。

国民負担率の国際比較をじっくり見ると、減税という選択肢は難しいことがわかります。減税するのであれば、医療費や介護費の自己負担増、年金の大幅カット、国立大学の授業料値上げ、災害対策費の削減などの緊縮財政が避けられません。私は、減税の方が弱者に厳しい結果を招くと思います。

経済危機時の増税を避けるのは理解できます。コロナ危機の間は、おそらく増税はできません。危機の期間中だけの時限的な減税も、やむを得ないかもしれません。しかし、恒久的な減税は難しいと思います。

経済危機から回復したら、法人税を元の水準に近づけ、所得税と社会保険料の累進性を高め、金融課税や相続税を強化し、炭素税を導入し、税収増を図る必要があります。医療、介護、障がい者福祉、子育て支援や教育無償化には、どうしても財源が必要です。

安心できる社会保障制度と格差の少ない社会をつくるには、安易な減税を主張するのはやめにした方がよいと思います。むしろセーフティーネットを強化して、格差の少ない社会をつくるために、公平な税制を求める必要があります。見たくない統計と見たくない現実をときどきは直視してみるのも大切だと思います。