世界大学ランキングを軽視すべき理由(1)

先日(6月3日)、英国の高等教育専門誌THE(Times Higher Education)がアジアの大学ランキング2020年版を発表し、東京大学が7位、京都大学が12位に入ったことが報道されていました。

日本を代表する東京大学や京都大学のランキングがアジアのなかで高くないことが、批判されたり、嘆かれたり、大学のグローバル化が遅れていると指摘されたり、いろんな反応があります。

他方、さまざまな反応に共通しているのは「大学の世界ランキングには意味がある」という前提です。しかし、私はそもそもその前提が誤っていると考えます。大学の世界ランキングを軽視すべきだと、だいぶ前から主張してきました(賛同してくれる人はあまり多くはありませんが)。

日本の教育改革論議では、私はいつも少数派です。国民的支持の高い「小学校の英語の教科化」に反対し、教育のICT化が学力向上に役立つとは限らない点を指摘し、そして大学の世界ランキングは意味がない、と主張してきました。何の既得権もありませんが、守旧派と見なされても不思議ではありません。

それにつけても安倍政権の「教育再生」は、ほとんどがピント外れです。大学教育(高等教育)政策もおおむね間違っています。たとえば、安倍政権は「国立大学改革プラン」の目標のひとつに「世界大学ランキングトップ100にわが国の大学10校以上をめざす」という指標を入れています。

たぶん7~8年前だったと思いますが、国会審議で文部科学省に次のような質問をしました。

世界大学ランキングといっても、クアクアレリ・シモンズ(Quacqarelli Symonds:QS)もあれば、Times Higher Education(THE)もあり、上海交通大学のランキングもある。どのランキングのことなのか?

それに対してハッキリした答えはなく、「公式には決まっていない」ということでした。どの世界ランキングでトップ100校に入ればよいのかもわからない、いい加減な指標でした。深く考えずに政策立案している証拠です。

多くの人が「大学の世界ランキング」と聞いてイメージするのは、クアクアレリ・シモンズ(QS)かTimes Higher Education(THE)だと思います。どちらも英国の企業による大学評価のランキングです。

QS社の世界大学ランキング(World University Rankings)のトップ10を見てみます。

QS社の世界ランキング・トップ10
1.マサチューセッツ工科大学(MIT)【米】
2.スタンフォード大学 【米】
3.ハーバード大学 【米】
4.オックスフォード大学 【英】
5.カリフォルニア工科大学(Caltech)【米】
6.スイス連邦工科大学チューリッヒ校 【スイス】
7.ケンブリッジ大学 【英】
8.ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL:University College London)【英】
9.インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)【英】
10.シカゴ大学 【米】

ベスト10のうち、米国の大学が5校、英国の大学が4校、スイスの大学が1校です。QSもTHEも英国企業なので、英国の大学にやさしい印象を受けます。蛇足ですが、8位のUCLの教育研究所(Institute of Education)が私の母校です。

米国の名門のプリンストン大学やエール大学が、トップ10に入っていないのが意外です。インペリアル・カレッジ・ロンドンも理工医学系に特化した大学ですが、工科大学等の理系に強い大学に有利なランキングという印象を受けます。社会科学系や人文系に強いプリンストン大学やエール大学には不利なランキングかもしれません。

次にTHE(Times Higher Education)のトップ10を見てみます。

THEの世界ランキング・トップ10
1.オックスフォード大学 【英】
2.カリフォルニア工科大学(Caltech)【米】
3.ケンブリッジ大学 【英】
4.スタンフォード大学 【米】
5.マサチューセッツ工科大学(MIT)【米】
6.プリンストン大学 【米】
7.ハーバード大学 【米】
8.エール大学 【米】
9.シカゴ大学 【米】
10.インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)【英】

やはり米国7校、英国3校と英語圏が圧倒的に強いです。こちらのランキングだとプリンストン大学やエール大学も入りますが、オックスブリッジが1位と3位の上位を占めます。蛇足ですが、残念ながらTHEランキングではUCLは15位に転落します。

どちらの大学ランキングも英国の営利企業が作成したもので、英国の大学に有利ではないかと疑っているのは私だけではありません。オックスフォード大学の苅谷剛彦教授(教育社会学)は次のように言います。

1999年に首相の肝煎りでイギリスの高等教育グローバル化政策が本格化し、さらに2006年にはその第2段目のロケットに点火がなされた。2000年代に入って急拡大する高等教育のグローバル市場で優位な地位を占めるための政策である。このような動きが本格化する時期にイギリスの有力誌が世界大学ランキングを発表するようになったのである。THEのランキングではイギリスの大学がアメリカの大学と並んで常に上位を占める。このような動きの連動を偶然と見るか、それとも国家的なマーケティング戦略と見るか。偶然と見るにはあまりに話ができすぎている。

ここに出てくる「1999年の首相」はブレアです。ブレア政権は何でもマーケティング手法を使うので有名でした。選挙にも外交にも。私は先日のブログで英国の「クール・ブリタニア」というパブリック・ディプロマシー戦略を紹介し、周回遅れで真似している日本の「クール・ジャパン」がちっともクールでないことを指摘しました。ちょうど「クール・ブリタニア戦略」と同じ時期に、英国政府は高等教育のグローバル化と市場化を推進していました。

QSもTHEも英国政府の高等教育のグローバル化戦略に乗っかって、大学の世界ランキングを始め商売のタネにしました。英国の大学に有利な評価項目になっているのは、ある意味で自然なことです。おそらくQSもTHEも英国企業なので、スタッフの多くは英国人や英国の大学で学んだ人が多いことでしょう。自分が学んだ大学や自国の大学に有利なルールを定めるのは、意図的か否かは別として、自然な流れだと思います。「英国バイアス」の塊のような大学ランキングだとしても不思議ではありません。

たとえば、学術レベルを評価する際には、英語論文の引用数がカウントされます。日本語やドイツ語、ロシア語、フランス語等で書いた論文は評価対象になりません。理工系は英語で論文を書くのが当然視されます。他方、人文系学問や法学、教育学等の論文は、文化的背景や言語的表現が重要であるため、英語で書く意味はさほどありません。

文系の学問は言葉と文化の壁が厚く、英語圏の大学が圧倒的に有利です。日本の大学は理工系の評価は高いですが、文系は国際評価が低い傾向があります。それは日本の文系の学問的レベルが低いためではなく、英語で発信していないためです。そもそも必ずしも英語で発信する必要がないためです。

また苅谷氏は次のように述べます。

競争(ゲーム)のルールをつくり、序列(ランキング)づくりのための評価基準を設定しているのは、高等教育市場の獲得競争に乗り出した英語圏の国々である。そこには明確な戦略思考と、政策意図が込められていた。英語という言語資本を利用できる立場にある国々が、大学という機関=制度を使って、資本や人材を集めるグローバル競争をしかけ、市場での優位を確保し、知識生産・伝達のヘゲモニーを握ろうとしているのだ。

英国が仕かけた「高等教育のグローバル化」という名目の「高等教育の英語化・英国化」という戦略に、まんまと踊らされているのが日本の高等教育政策です。「戦略のない日本が、英国の戦略に乗せられる」という構図です。安倍政権で政策立案している政治家や官邸官僚(=官邸官僚の多くは文科省の官僚ではありません)が、世界の高等教育政策を理解していないのだと思います。

いつものことですが、米国より英国の方が戦略的です。超大国である米国の大学や科学技術は放っておいても圧倒的に強いので、戦略など必要ありません。いわゆる「大軍に兵法なし」です。戦略が必要なのは、英国のような中小国です。英国が高等教育のグローバル化戦略を立て、高等教育を「輸出産業」と見なして外貨獲得と人材獲得に成功しています。当然ですが、日本にも独自の戦略は必要です。英国の戦略に乗せられて、その上で悲しく踊っている場合ではありません。

長くなったので、続きはまたの機会に。

*参考:苅谷剛彦、2017年「オックスフォードからの警鐘:グローバル化時代の大学論」中公新書ラクレ