私が執筆した「持続可能な社会ビジョン」シリーズの第3弾です。教育や職業訓練などの「人への投資」について書きました。大学院で教育政策を専攻した私にとっては思い入れのある部分です。
人への投資で未来をつくる
個人にとっても社会にとっても教育は重要である。近年、親の所得格差が子どもの教育格差に直結し、「生まれ」による教育格差が生じている。特に低所得家庭の子どもたちの学力低下が深刻な問題である。教育機会の格差は、人生のスタートラインにおける機会の不平等であり、一刻も早く解消すべきである。日本の公的教育支出のGDP比はOECD加盟国で最下位である。政府が教育費を抑制した結果、家計の教育費負担が重くなっている。家計の教育費負担の重さが少子化を加速させた。家計負担が軽くなれば、希望するだけの人数の子どもを産み育てられる家庭が増え、中高所得層を含めたすべての子育て世帯の悩みを大幅に緩和しうる。経済的状況にかかわらず、学び続けることができる環境を整える必要がある。また、子どもたちの教育に携わる教員の職場環境が劣悪な状況では、子どもたちとしっかり向き合うこともできず、優秀な人材が教員を志望しなくなることも懸念される。教職員定数の充実やスタッフ職の増員などを通じ、教員が誇りとやりがいをもって教育に携わり、教育の質を高めていける環境を整える。
脱炭素化や知識経済化、DX化などの経済構造の転換が遅れている理由のひとつは、教育や職業訓練への投資不足である。終身雇用の正社員が前提の社会であれば、企業が企業内訓練に力を入れ、政府が職業訓練や再訓練に投資する必要は少ない。しかし、非正規雇用が増えて企業内訓練に期待できない今日、政府による再教育や職業訓練がきわめて重要である。政府は産業構造の転換にともなって発生する失業者を再教育し、より生産性の高い産業への転職を支援する必要がある。近年の技術革新や社会変化のスピードは速く、学校で学んだ最新の技術や知識はすぐに陳腐化してしまう。社会に出た後もいつでも学ぶことができる多様な教育機会を提供し、最終学歴ではなく「最新学習歴」を重視する社会へ転換しなければならない。教育投資は経済成長戦略であると同時に社会政策でもある。労働者の質を高める教育訓練は、労働者の生産性と稼得能力を高め、所得分配をより平等にする効果がある。
研究開発への公的投資を拡充によりイノベーションを加速する。短期的な成果を過度に求めることなく、長期の視点に立って政府が基礎研究に積極的に投資する。また地方の国公立大学への助成を強化し、地域活性化の核とするとともに、だれもが生まれ育った地域で質の高い大学教育を受けられる環境を整える。地域間格差を是正し、地域の多様性を尊重する分散型社会を築くためにも地方の大学の役割は重要である。
公教育には「より良い社会をつくる市民を育てる」という重要な機能がある。民主的な社会を築くには、民主的な制度や歴史的背景の知識、政策の理解力、インターネットやメディアの情報の真贋を見抜くリテラシーなど、一定の知識が必要である。それらを身につける機会が学校教育であり、シチズンシップ教育や主権者教育は重要である。
大学教育や基礎研究への投資を増やし、科学や学術への敬意を取り戻す必要がある。目先の効率性や短期的な成果を重視しがちな新自由主義的な教育改革を進め、基礎研究や人文系学科を軽視してきた結果、反知性主義的な風潮がまん延している。その結果が新型コロナウイルス危機における科学的リテラシーを欠く政策判断や思いつきのような政策決定だ。学問の自由や大学の自治を尊重し、科学や学術への敬意と信頼を取り戻し、より良い社会とより良い市民を育てる教育をめざす。