法人設立手続きで知った行政デジタル化の意義

最近、非営利のシンクタンクを始めました。専従スタッフは私ひとりです。やっと一般社団法人として登記が終わりました。公証役場、法務局、労働基準監督署、ハローワーク、年金事務所に足を運びました。法務局には6回、公証役場には4回行きました。税務署と都税事務所は公認会計士の先生に手伝ってもらいつつ、いろんな事務手続きをしています。法人登記の手続きは司法書士や行政書士に頼むとやってくれますが、お金をケチるために自分ですべてやりました。

新しく法人を立ち上げるのは、二十年以上前に「ジャパン・プラットフォーム」というNPO法人の申請手続きに関わって以来です。二十年前よりも手続きが楽になったという感じはありません。政府系特殊法人(=現在の独立行政法人)のJICAでキャリアをスタートした私は、若い頃は役所仕事(ロジ)はけっこう得意でした。しかし、衆議院議員だった頃、細かい書類仕事は秘書や党職員がやってくれたので、事務処理能力が低下したことに気づきました。何でも一人でやることになり、久しぶりのペーパーワークに四苦八苦しています。

しかし、北欧諸国やエストニアの行政のデジタル化について書かれた本を読んでみて、法人設立手続きに苦労しているのは、自分の能力不足だけが原因ではないことに気づきました。デンマークやエストニアならインターネットで数時間でできる手続きが、日本では何週間もかかります。自ら役所に足を運んで書類に記入し、印鑑登録証明書や住民票を提出し、何度も書類の不備を指摘され、何度かやり取りしてやっと法人登記が済みました。税務署や労働基準監督署、ハローワーク、年金事務所の手続きなど、北欧諸国ならワンストップで終わる手続きです。日本では同じような情報をいくつもの役所に紙で提出する必要があります。株式会社の設立に関してはワンストップサービスが始まっていますが、一般社団法人についてはまだ適用されていません。

税務署(国税)、都税事務所(地方税)、年金事務所(厚生年金)、労働基準監督署(労災保険)、ハローワーク(雇用保険)のすべてで給与に関する情報などを一元管理してしかるべきです(北欧ではそうです)。それだけでどれだけ無駄が省けるかわかりません。脱税や税収漏れも減ることでしょう。イギリスやフランスでも行政のデジタル化は進んでいます。給付金申請でもマイナンバー的な番号を入力すれば、必要情報が記入済みの書類がプリントアウトされて、最後に確認のために署名だけする、といったケースが多いようです。認証できれば、署名さえ不要な国も多いようです。

行政のデジタル化を進めると役所の窓口の人員は大幅に削減できることでしょう。でも、その人たちを解雇する必然性は無く、ソーシャルワーカー的な対人サービスが必要な部署に配置転換し、より人間的なサービスを提供できる体制を整えることができるでしょう。デジタル機器に弱い高齢者の補助のためのスタッフも必要なので、公務員削減には必ずしもつながらないかもしれませんが、申請する側の市民の利便性は向上し、社会全体の効率性は増すでしょう。

コロナ禍の補助金の申請でも手間がかかり、事務処理の遅れや不正請求も多く発生しましたが、デジタル化が進めば手続きは早くなり、不正も減ることでしょう。行政のデジタル化は不正防止という点でも重要です。世界でもっとも行政のデジタル化が進んでいるのはエストニアだと言われます。その背景には旧ソ連時代にロシア人の役人の不正腐敗がまん延していたため、「人間は不正をするが、コンピューターは不正をしない」という発想につながり、エストニア国民の多くがデジタル化を支持しました。

日本では役所の不正が少ないので、そういう発想にはなりませんが、デジタル化で申告漏れや受給漏れがなくなり、利便性と同時に公平性も改善します。低所得者への再分配を強化するために「給付付き税額控除」が必要だと言われてきましたが、その前提は所得をきちんと把握し、対象者に適切に情報を提供できる体制です。行政のデジタル化を通じて「給付付き税額控除」のような弱者支援をプッシュ型で提供することができ、格差解消にもつながります。

行政のデジタル化が進むと行政書士のような職業の人は大幅に減るかもしれません。デジタル化が進めば、行政手続きの代行サービスは不要になります。デジタル化によって起こり得る失業やマーケット縮小にも備える必要があります。そういった職業に就いている人たちが、社会的に必要とされている割に人手不足の業界にシフトしていけるような職業訓練(はやりの言葉でいえば「リスキリング」)や転職支援も考える必要があるでしょう。

*参考文献: 中曽宏監修 2020年 『デジタル化する世界と金融』 金融財政事情研究会