成長する国 沈む国(その3)

大手投資銀行のストラテジストのルチル・シャルマ氏(インド人)の「シャルマの未来予測:これから成長する国 沈む国」という本のご紹介の3回目です。
 
8.通貨

経済成長に通貨が大きな影響をあたえることは自明のことですが、シャルマ氏は「経常収支赤字の対GDP比が3%以上、5年連続なら要警戒」と具体的な判定基準を設けます。この具体的な基準は有効だと思います。

さらに興味深いのは、金融危機の兆候を見極める上で「現地の人々を観察することが重要」と述べます。金融危機が起きるたびに、外国人の投資家が資金を引き上げ、外国人投資家が危機を引き起こしたとして非難されます。しかし、シャルマ氏のデータによれば、金融危機の早い時期に資金を移動させるのは現地の富裕層であることが多いそうです。ほとんどの場合、外国人投資家よりも先に現地の人たちが経済危機の兆候に気づきます。現地の人たちが資金を外国に移しはじめたら、「これはまずい」ということです。多くの場合、外国の機関投資家よりも、現地の富裕層の方が情報が正確ということがいえそうです。

シャルマ氏は「通貨安は経済成長につながりやすい。通貨は割安で安定しているのが望ましい」というスタンスです。ただし、この法則にも例外があります。輸出するものがない国は、通貨安になっても経済成長にはつながりません。その上、通貨安により石油などの国際商品の購入が割高になり、悪性インフレにつながる可能性が高くなります。また、部品供給ネットワークがグローバル化すると、輸出製品の部品を輸入するケースも多く、通貨安の効果も限定されます。国によって通貨安の影響は異なりますが、製造業に力を入れる発展途上国にとっては通貨安は有利であることは間違いないです。
 
9.過剰債務

シャルマ氏の法則によると「債務の伸びが、経済成長を大幅に上回っているときには、金融危機のリスクが高くなる」らしいです。債務バブルによって経済が急成長しているときほど、経済が突然崩壊する可能性が高くなるそうです。

そして経済危機のパターンは「債務危機は民間から始まり、最後は政府が救済に乗り出す」という順に推移します。債務危機の真犯人は、政府というより、民間であるケースが多いようです。

なお、この評価基準でいえば、本書の執筆時点2016年の中国はかなり危険な状況です。2008年の危機対応以来、中国ではすさまじいペースで債務が積み上がっています。中国でバブルがはじければ、世界経済が影響を受け、日本にとっても大打撃です。警戒が必要です。シャルマ氏は「中国不沈説の誤謬」と呼んで、国営企業の非効率、痛みをともなう改革を避ける体質、過剰な投資に警鐘を鳴らします。
 
10.メディア:過剰な報道

私にはこの法則が一番おもしろかったです。「メディアが絶賛し始めたらそろそろ下り坂」という法則です。日本でバブルが弾けた1990年頃に世界のメディアは「日本経済は最強」とか「2000年まで日本が米国を追い越す」といった記事を特集していました。ちょっと前にはBRICsがメディアでもてはやされ、ブラジル、ロシア、インド、中国の新興国への投資ブームが起きましたが、いまBRICsという言葉は死語です。過剰な報道にだまされないことが大切です。

逆に今まったくメディアに注目されていない国の中から将来の高成長国が出てくる可能性もあります。韓国や台湾等が高度成長に向けて離陸しつつあった時期、メディアはほとんど注目しませんでした。第二次世界大戦直後はアジアではフィリピンの方が、韓国や台湾より成長しそうだと多くの人から見られていました。

米国メディア業界では「タイム誌やニューズウィーク誌の特集に取り上げられたら、そのテーマは終わりだ」というジョークがあるそうです。日本でも「経営学者の〇〇教授が成功事例として取り上げた企業は、3年以内に必ず業績が悪化する」といった都市伝説もあります。シャルマ氏は、1980~2010年のタイム誌の特集を分析し、特集の論調が楽観的か悲観的か、そして事後的に見てそれが正しかったか否かを調べたそうです。タイム誌が悲観的であった場合、その後5年以内に経済が上向いた事例が55%あったそうです。逆にタイム誌が楽観的な論調だった記事で、その後5年以内に経済成長が鈍化した事例が66%だったそうです。タイム誌の予測が当たる可能性は4割程度です。ふつうに考えれば、予測が当たる確率は5割です(経済が成長するか、成長が鈍化するかの2択です)。しかし、タイム誌の特集は、サイコロを振って当たる確率5割にも及ばない、わずか4割しか正確に予測できません。タイム誌の逆張りで投資していた方が、投資のリターンは良かったかもしれません。

また、マスコミ報道でよく「中所得国の罠」とか「中進国の罠」という言葉を耳にしますが、実証研究によると中所得国でも成長を続ける国もあるし、中所得国から這い上がれない国もあり、一概にいえないというのが正解だそうです。マスコミでよく見る流行語には気を付けたいものです。

シャルマ氏は十把ひとからげの議論にも気を付けるべきといいます。たとえば、「アフリカはこれから成長する」というように一まとめで議論することは危ういといいます。アフリカは54か国からなり、それぞれの事情があるのは当然です。個別の国ごとに経済分析をすることが大切です。
 

以上のシャルマ氏の10の評価基準に照らして、各国を「優秀」「平均」「劣等」の3つに分類すると主要国は以下のようになります(2016年時点の評価です)。

【優秀】米国、ドイツ、アルゼンチン、メキシコ、フィリピン、インドネシア、ベトナム、ポーランド、チェコ、ルーマニア

【平均】日本、韓国、台湾、英国

【劣等】中国、ロシア、トルコ、マレーシア、タイ、オーストラリア

シャルマ氏の予測がどの程度当たるのかわかりません。しかし、そういう可能性もあるという心がまえができていれば、危機に際しても右往左往しなくてよくなります。頭の体操としてシャルマ氏の未来予測はお薦めです。