落選した候補者の皆さんに読んでほしい本:マイケル・イグナティエフ著「火と灰」

統一地方選が終わりました。関係者の皆さま、たいへんお疲れ様でした。おそらく一番お疲れなのは、落選した候補者の皆さんだと思います。本当に本当にお疲れ様でした。

選挙には当選と落選がつきものです。マスコミも「無投票の選挙区が増えているのは良くない」という論調で報道します。無投票の選挙区でない限り、選挙では必ず勝者と敗者が生まれます。選択肢を有権者に示すためには、当選者と落選者の両方が必要です。

選挙が終わると当選者にスポットがあたります。しかし、落選者なくしては選挙戦が成り立たないことを考えれば、民主主義の基礎を成り立たせる条件は「落選した候補者がいること」になります。

政権与党で力のある自民党や強固な地盤のある公明党から立候補するよりも、野党から立候補する方が勇気が必要です。立憲民主党の公認候補として立候補して落選された皆さんに心からの感謝と敬意を表します。

私も選挙で落選したことがあります。衆議院議員3期目が終わり、4期目をめざした選挙で落選し、約3年間の浪人生活を送りました。次の選挙で当選できる保証はなく、肩書も収入もなくなり、先の見通しも立ちません。小さな子ども2人を抱えて、精神的にも経済的にも落選はつらかったです。つらかったけれど、いろんな人に支えられ、何とか3年の浪人生活を乗り切り、おかげ様で4期目の当選を果たすことができました。

落選した直後に政治学者の畏友から『火と灰:アマチュア政治家の成功と失敗』という本をいただきました。カナダの政治学者であり政治家だったマイケル・イグナティエフ氏の本ですが、イグナティエフ氏自身の成功と失敗(落選)に関して書かれた本です。

イグナティエフ氏はハーバード大学の著名な政治学者でしたが、乞われて母国カナダの連邦議員選挙に立候補し、当選して自由党の党首になりました。しかし、自由党の党首として臨んだ選挙で党は大敗し、本人も落選しました。その経験を踏まえて書かれたのが本書です。

この本は落選直後でどん底の状態にあった頃の私にとっては、心にしみ込む言葉に満ちあふれていました。感銘を受けて、二度、三度と読み直したものでした。同じように落選して失意のどん底にある人たちにぜひ読んでほしい本です。以下、イグナティエフ氏の言葉を抜粋します。

世界中のどこでも政治の内実は、権力を掌握し、社会を掌握している諸勢力を支配するために権力を行使する、政党間および政党内部での終わることのない闘争なのだ。政治家が成功することは稀なので、この闘争にはどこかしら哀愁がただよっている。しかし、この闘争には高貴さも存在する。この闘争で成功をおさめれば政治家は、他の誰よりも同胞市民の生活を改善することができるからである。

政治とは日本でもカナダでも高潔な企て(エンタープライズ)であろうが、それはまた粗暴な事業(ビジネス)でもある、政治は通常、冷酷非情な職業政治家の領分である。(中略)

職業政治家ほど、敗北が過酷で、みんなに知られ、絶対的である職業はない。

選挙は、勝った候補者にとっては「お祭り」的な通過儀礼ですが、負けた候補者にとっては冷酷非情な現実を思い知らされる過酷なイベントです。選挙に負けた後は、人に見られているような気がして、地元の街を歩くのも嫌になります。政治生命が終わる人も多いだろうし、次に向けて準備する人にとっても長くて厳しい試練が待っています。イグナティエフ氏はそれでも失敗にめげずに政治の世界にチャレンジしてほしいと読者に訴えます。

私が確信しているのは、ほとんどの人びとが政治の世界に参入するのは金持ちになるためではないということである。なぜなら金持ちになるためのもっと簡単な方法はいくらでもあるからだ。

まったく同感です。仮に金持ちにはなれなくても、自尊心を保ちつつ、家族を養える仕事は他にもたくさんあります。今になって思えば、かつて働いたJICAやNGOの仕事は、社会的にも敬意をもって扱われ、海外に出張したり赴任したりと知的好奇心や冒険心も満たされ、本当に良い仕事だったと思います。それでもやはり政治の仕事はチャレンジする価値があると思います。政治の世界を志すには、お金以外の何か別の理由が必要です。

もっともすぐれた政治家、人びとが記憶にとどめる政治家は、恐怖を知らない、なぜなら彼らはもはや敗北することを気にしないからだ。敗北したらもう一度挑戦するだけだ。彼らはけっしてあきらめない。これこそが、政治の世界に足を踏みいれる誰であれ、私が語りたいことである。あきらめることなかれ、失敗を恐れることなかれ。

失敗は怖いです。落選という手痛い失敗を経験した後はますます怖くなります。それでもリスクをとってチャレンジする人材なしには、政治の刷新はできません。選挙も成り立ちません。

近頃はデモクラシー諸国において、ほとんどの政治家が不評をかっている。この事態を改善するためになしうることはあまりないように思われる。政治は紛れもなく汚くて、情け容赦のない、好戦的な仕事であり、臆病者には向いていないのである。(中略)

わが国に必要なのは何よりもすぐれた政治家、人生について幻想を抱くことなく、理想主義すなわち自らが属する共同体を改善する功績を後世に残したいという願望を失うことのない男女なのだ。私たちが直面している諸問題—気候変動、不平等、残酷さ、不正義—は、このような政治家なしには解決されないだろう。

私自身は常々「プラグマティックな理想主義者」でありたいと思っています。右とか左とかイデオロギーにはとらわれず、「公正で寛容な社会、持続可能な社会を日本と世界で実現する」という大きな目的のために、情け容赦ない権力闘争に行き残りつつ、足元で何ができるかを考え続ける政治家でありたいと思っています。

イグナティエフ氏は政治学者らしく、政治学の教科書になっているような古典の多くは、政治的に失敗した人たちによって書かれたことを指摘します。キケロもマキャベリもマックス・ヴェーバーも現実の政治の世界では失敗しましたが、歴史的な名著を残しました。すぐれた理論家たちがなぜ失敗するのか。

なぜ理論的洞察力をもつ人びとが、これほどまでに政治的失敗にまみれたのだろうか。この問いは、政治的才能に特有のものとは何か、という問題に光を当てることになる。誠実さ、厳密さ、どこまでも思考につきしたがうこと、独創性を求めて透徹した探求を行うこと—これらはみな理論的追求においては美徳であるが、政治においてははっきりと不利になる。

理論面の頭の良さや創造力、誠実さは、政治的成功には必ずしも関係なさそうです。残念ですが、同感です。では何が必要なのか。

自分の物語をしっかりともたなくてはならない。あなたが語る物語は、あなたがどのようなコミュニティと国を作り上げたいと思っているかについての物語でなくてはならない。自分の運命と彼らの運命とを結び合わせ、自分の人生と彼らの人生とを結び合わせ、自分の大義と彼らの大義を結び合わせる、そんな物語を語らなければならないのだ。あなたは政策と自分の個人的物語を説得力のある語り口に収めなければならない。語られるべき物語は、いかにして共通の生活を強化するか、絶えず私たちの社会を分裂させている不平等、妬み、障壁、憎悪の力に一緒に立ち向かうのか、そしてあらゆる進歩的政治の永遠のテーマを擁護するのかについてである。

政治家には大義や理想が必要です。単に「議員になりたい」というだけの人には再挑戦を勧めません。しかし、より良い社会をつくりたいと本気で思っている人にはぜひ再挑戦をしてほしいと思います。最後にあまりにも有名なマックス・ヴェーバーの「職業としての政治」の言葉を引用します。

政治とは情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。不可能事を目指して粘り強くアタックしないと成功は覚束ない。自分の理想に比べて現実の世の中が—自分の立場から見て—どんなに愚かであり卑俗であっても、断じてくじけない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への天職を持つ。

落選された皆さんが、選挙でもその他の活動でも、再び立ち上がって、より良い社会をつくるためにチャレンジされることを心から祈っております。

*マイケル・イグナティエフ 『火と灰:アマチュア政治家の成功と失敗』 2015年 風行社

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