お薦めの本:佐藤賢一著『ドゥ・ゴール』

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自宅待機中の読書にぴったりの本をご紹介させていただきます。「コロナ危機でたいへんな時に能天気なことを書くのは不謹慎だ」みたいなことを言われたこともありますが、危機的な状況だからこそ心の余裕が大切です。労働団体の方に聞いたら、コロナ危機がはじまって職場のハラスメントの相談が増えたそうです。ギスギスした社会にならないように、心の平静を保つには、同じように困難な時期に困難な状況に立ち向かった人の評伝でも読むとよいのではないでしょうか。

お薦めするのは佐藤賢一氏の「ドゥ・ゴール」です。すでにド・ゴールについて書かれた日本語の本もたくさんありますが、おもしろさではこの本がピカイチだと思います。佐藤賢一さんは直木賞作家であり、本職はどちらかといえばフランス歴史もの小説だと思います。歴史の本も書かれていますが、中世くらいが中心で、現代史というのは珍しいと思います。

そしてこの本「ドゥ・ゴール」を読んで、「直木賞作家が評伝を書くと、小説のようにおもしろい」と感心しました。ノルマンディー上陸直後に最初にド・ゴールがフランス本土で演説するシーンなど、思わず涙が出そうになるほど感動します。フランス人でもないのに、フランスへの愛国心がかき立てられます(?)。ド・ゴールがダウン症の娘に対して注ぐ愛情なども、人間性がわかって興味深いです。

ド・ゴールは、政治家としても優秀ですが、軍人としても優秀でした。マジノ要塞線にこもって戦うという軍主流の考えとは異なり、戦車を中心にした機甲師団でドイツ軍に対抗する構想を持ち、陸軍内では亜流でした。しかし、実際にドイツ軍の進攻がはじまると、マジノ線は役に立たず、フランス軍はあっという間に壊走しました。その中でド・ゴール将軍の機甲師団だけは、ひとり気を吐いてドイツ軍を跳ね返し、フランス軍唯一といってよいほどの戦果を挙げます。

その戦闘の直後に国防次官に任命され、閣内では停戦派が多いなかで、徹底抗戦を主張します。当時のフランスの政党内閣は不安定な連立政権で、首相は抗戦派でしたが、閣僚の多くは停戦派でした。英国の軍事援助を取り付けるためにド・ゴールはロンドンと行き来し、英国の支援を受けてドイツ軍に抵抗を続けようと必死で努力します。

この本を読んであらためて気づかされるのが、チャーチル首相と英国のしたたかさです。英国は、ドイツ占領がはじまる直前、対独協力のビシー政権に対抗するために、フランス亡命政権をつくらせようと考えます。まず前首相に声をかけて断られます。次に前内務大臣に声をかけて断られます。その次に声をかけたのが、国防省次官だったド・ゴール将軍です。徳富蘇峰が大久保利通の手法を評して「最善を得ざれば次善。次善を得ざれば、その次善」といったそうですが、チャーチルもまったく同様です。

また、英国政府ははじめのうちはビシー政権ともこっそり裏で取り引きし、密約を結んでいました。ド・ゴールの亡命政権を支援しつつ、同時に裏でビシー政権ともつながるやり方は、チャーチル流というより英国流だと思います。いろんな選択肢を残して、国益を最大化しようという英国流のずる賢さですが、国家の生き残りには必要なことかもしれません。

国際援助の現場で英国流のODAを見ても、本音と建て前をうまく使い分け、口では国際正義や人道援助を説きながら、自国企業を優遇するようなことも時々やります。安倍政権下の外務省のODA政策は、馬鹿正直に自国の国益増進を訴えますが、そういうことは品がないから表では言わない方がいいでしょう。黙って自国の国益増進を図るのが英国流で、馬鹿正直に宣言して自国の国益増進を図るのが日本流です。緒方貞子さんがトップだった頃のJICAのように人間の安全保障重視のODA政策に戻ってほしいものです。少し脱線しました。

英国にとっての「次善の次善」のド・ゴールは、チャーチルと時にはぶつかりながらも、フランスを救うために敢然と立ち上がります。ド・ゴールの強みは文章と演説のうまさでした。文章を書いてもうまいし、演説原稿も自分で納得できるまで推敲するタイプの政治家でした。ロンドンからBBC放送を使ってフランス国民やレジスタンスに呼びかけるラジオ放送が大きな威力を発揮し、ナチス占領下のフランス国民を勇気づけました。

米国のルーズベルト大統領は、戦後は枢軸国のイタリア同様にフランスを軍政下に置こうと準備していました。それを察知したド・ゴールは、イタリア同様の敗戦国扱いを避けるため、あらゆる手を尽くし、連合軍による軍政をくい止め、フランス解放後はド・ゴールの臨時政府が統治の主体となることを認めさせます。

ド・ゴールの努力と人気のおかげで、見事にフランスは戦勝国としてドイツ占領にも参画し、国際連合の常任理事国の一角を占めることに成功します。率直にいってナチスドイツを倒すのに、フランスはそれほど貢献していません。対ドイツ戦でいちばん犠牲を払ったのは断トツでソ連であり、それに続くのは英国、圧倒的な物量と兵力を提供した米国でした。フランスの貢献度は低く、ビシー政権という対独協力政権もあったので、戦後の国際秩序でフランスが大きな力を持つとはだれも予想していなかったと思います。ド・ゴールのおかげでフランス亡命政権は大成功に終わりましたが、ロンドンにあったポーランドやチェコスロバキアの亡命政権は悲しい最期を迎えます。

ド・ゴールは戦後もアルジェリア独立の際に手腕を発揮し、フランスの世論を説得しながら、クーデタを鎮圧し、軟着陸させました。フランス国民にとっての右派で英雄のド・ゴールが大統領でなければ、アルジェリア独立はより困難な道のりをたどったことでしょう。アルジェリア独立に反対するフランス人は極右や軍部に多かったわけですが、右派のイメージのド・ゴール将軍だからこそ軍や極右を抑えられたともいえます。

フランスにこれだけ貢献したド・ゴールは間違いなくフランス史に輝く人物ですが、亡くなった時には国葬や公式の式典を辞退し、国内外の勲章も一切辞退しました。遺書には「墓石にはシャルル・ドゥ・ゴール(1890~ )とだけ刻み、あとは何も刻むなかれ」と書いてあったそうです。名誉を追い求めない姿勢は立派です。真似したいものです。

傲岸不遜なイメージのあるド・ゴールですが、あくまで栄光あるフランスを代表するために胸を張って堂々としていただけで、本質的には謙虚な人だったのかもしれません。個人的な名誉や自己顕示にはこだわらなかった人ですが、後世の国民がパリの国際空港やフランス海軍の空母にド・ゴールの名前を冠することになりました。

ド・ゴールの人生を小説のようにドラマチックに描いた、佐藤賢一「ドゥ・ゴール」、お薦めです。

佐藤賢一 2019年 『ドゥ・ゴール』 角川選書

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