国連本部「原爆展」への外務省後援拒否

本日(3月6日)衆議院外務委員会で質問しました。いくつか質問した課題のひとつが、ニューヨーク国連本部ビルで開催予定の「原爆展」の外務省後援に関わる問題です。

5年に1度開催される核不拡散条約(NPT)再検討会議が今春開催されますが、それに合わせて日本原水爆被害者団体協議会がニューヨークの国連本部ビルで「原爆展」を開催します。

この原爆展は2005年からNPO再検討会議に合わせて開催されてきており、過去3回はいずれも外務省が後援しました。しかし、朝日新聞と東京新聞の報道によれば、今年の原爆展に関しては外務省が後援しない可能性があると伝えられています。

報道によれば、外務省は後援できない理由として「原発事故を扱った2枚のパネルが引っかかっている」という点を挙げたそうです。チェルノブイリ原発事故と福島第一原発事故のパネルが問題視されたとの報道です。それについて外務委員会で外務省に質問しました。

外務省は「検討中なので答えられない」と答えました。「後援するか否か」という判断はそれほど時間がかかるとは思えません。また前例踏襲を旨とする役所が、前例に従わないのは異例です。

茂木外務大臣に対して「事務方が何と言おうと、大臣が決断すれば決まる。大臣が後援するよう指示してはどうか」という趣旨の質問をしました。茂木大臣は「事実に反する展示は後援できない」という趣旨の答弁をするので、「パネルの内容が事実に反するかどうかを説明してほしい」と要請しました。

現在、外務省内で検討中という答弁でしたが、もし後援できないとなれば、できない理由を明確に説明すべきです。外務省に対して「もし後援できる場合は必要ないが、後援できない場合には『できない理由』を明確に示し、外務委員会に報告するように」と要求しました。

外務省の答弁は本当に残念です。日本政府は核軍縮を推進する立場です。茂木外務大臣も今年1月20日の外交演説の中で「本年は5年に1度の核兵器不拡散条約運用検討会議が開催される年でもあります。この会議で有意義な成果をあげられるよう、国際的な議論に積極的に貢献していきます。」と述べていました。

であれば、被爆者団体が行う「原爆展」のようなイベントを積極的に後援するのは当然です。しかし、「福島第一原発事故の写真を展示させたくない」というつまらない理由で外務省が後援を断るのは情けない限りです。不都合な真実を隠そうとする政権の体質が垣間見えます。

本来、不都合な事実も含めて「ありのまま」に訴えた方が、主張の信頼性が増します。パブリック・ディプロマシー(文化広報外交)の要諦は、「プロパガンダとラベリングされることなく、魅力や信頼性を印象づけること」とされます。

アメリカのパブリック・ディプロマシーの成功例とされているのは、1955年の広報文化交流庁(USIA)主催の写真展です。日本を含め世界中で開催された写真展では、世界各地の人々のありのままの日常生活を撮影した写真を展示し、アメリカの貧困や人種差別などの恥部もありのままに展示することで、アメリカの「オープンさ」や「寛容さ」、「器の大きさ」を印象づけることに成功しました。

冷戦期の東側諸国には報道や言論の自由がありませんでした。アメリカの写真展を見た東側諸国の市民は、「アメリカは、政府批判と受け取られるような写真まで、政府主催の写真展で展示している。なんて自由で寛容な国なんだ」という好印象を持ったそうです。アメリカは、自国の恥部や暗部をありのままにさらけ出すことで、逆にアメリカの民主主義の信頼性と健全さを示すことに成功しました。

パブリック・ディプロマシーに詳しく「文化と外交」などの著書のある渡辺靖教授は、パブリック・ディプロマシーにおいては「器の大きさ」と「自制力」が重要だと指摘します。原爆展で福島第一原発事故の写真が1~2枚あっただけで、日本政府への信頼が損なわれることはなく、むしろ「器の大きさ」と「自制力」を示すことで真摯さや誠実さが伝わると思います。

日本の外務省や一部の政治家は、日本の主張を声高に訴えれば、国際社会が理解してれると勘違いしているように見えます。領土問題に関する主張なども単に何度も何度も壊れたレコードのように繰り返していれば、国際社会が理解してくれるというわけではありません。

まずは日本という国への信頼性やシンパシーを獲得しないと、日本の主張に耳を傾けてもらえません。そのためには、日本政府の政策に一部反するような内容が含まれていたとしても、市民団体の企画内容に口出しすることなく、外務省は積極的に後援すべきです。「器の大きな」日本政府であってほしいと思います。