バイデン大統領への期待

米国大統領選挙の民主党候補の指名争いの決着がつきつつあります。左派のバーニー・サンダース候補(上院議員)は劣勢が伝えられ、前副大統領のジョセフ・バイデン候補が勝ちそうな雰囲気です。サンダース候補は若者の支持率が高く、斬新な政策を提言しているものの、左に寄り過ぎていて中道層が逃げそうだといわれています。

民主党支持者も反トランプ論者も「サンダースでは左派的すぎてトランプに勝てない」という判断に傾いているということでしょう。民主党内で割れていたら前回の大統領選と同じようにトランプ氏を利することになります。民主党支持者は「トランプ打倒」のためにバランス感覚を働かせて、バイデン支持に統一しようということだと思います。

フォーリン・アフェアーズ・ジャパン(Foreign Affairs Report)2020年3月号にバイデン氏の論文が載っていました。論文のタイトルは「アメリカのリーダーシップと同盟関係:トランプ後の米外交に向けて」でした。同盟国重視の姿勢を明確に打ち出した点は、日本にとって良い傾向です。

トランプ政権の3年で米国の権威は傷つきました。自由や人権、民主主義の守護者という米国のイメージは地に落ちました。長年かかって築き上げた米国の威信は低下し、身勝手で予想不可能なという悪印象を与えています。米国の軍事力や経済力は相変わらず世界一ですが、ソフトパワーと外交力は大幅に低下しました。

ロシアや中国と比較して、米国の強みの1つは、同盟国との強固な協力関係でした。世界中に米軍基地が存在し、経済力と軍事力の双方において頼れる同盟国(日本、英国、ドイツ、豪州、カナダ等)と協力できる強みがありました。しかし、トランプ大統領は同盟国に敬意を払わず、恫喝や取り引きを重視し、信頼関係や共通善を軽視しました。

トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」といっていますが、実際のところこれほど米国の国際社会におけるイメージに打撃を与え、米国の国益を損なった大統領はいません。自由と人権、民主主義の守護者という米国のイメージはすっかり傷つき、ロシアや中国と同じレベルの「ふつうの国」になり下がりました。

そういった状況をなんとかしようとバイデン氏は次のように訴えます。

私は大統領として、アメリカの民主主義と同盟関係を刷新し、その経済的未来を守り、もう一度、アメリカが主導する世界を再現していく。

米国も完璧な民主主義国ではなく、イラクやアフガニスタンで多くの過ちを犯しました。それでも米国が謙虚さと寛容さを持ちつつ世界の民主主義や自由を守る旗手としてリーダーシップをとることは国際社会の公共益に資すると思います。

アメリカと立場を共有する民主国家との連帯を強化していくとしても、われわれは先ず国内の民主主義を修復し、再活性化する必要がある。(中略)

私は民主主義の復活をグローバルなアジェンダに据えるために、世界の民主国家の指導者を招聘する。(中略)

真に自由な世界をアメリカがリードすることを世界の民主国家が求めるのなら、トランプはその(連帯を求める)相手ではないだろう。彼は、権威主義国家の指導者の言うことを重視し、民主主義者への軽蔑を示してきた人物だ。

いま世界の権威主義国家の指導者といえば、代表的なのはトランプ、習近平、プーチン、トルコのエルドアン、インドのモディというところでしょう。そういう国とは国益上のおつきあいは必要ですが、日本が積極的に連携すべきは民主主義国家だと思います。

バイデン政権になれば、日本も積極的に協力して先進民主主義国家の連帯を強化し、気候変動や人権、難民、民主化支援などの国際的な協力の枠組みをつくることができるかもしれません。世界で広がる排他的ポピュリズム政治やデジタル専制国家に対抗し、G7にオーストラリアや韓国、欧州諸国を加えて民主主義国家の連携の枠組みをつくるべきだと思います。

また、バイデン氏は米国の内政でも希望がもてる政策を打ち出しています。石炭産業を保護したトランプ政権とちがって、「クリーン経済革命」を打ち出し、最低賃金を1時間15ドルに引き上げることを公約しています。

バイデン氏とトランプ氏に共通しているのは中国への警戒感です。最近の米国では対中警戒は党派を超えたコンセンサスになっている点が興味深いです。ただし、トランプ氏と異なるのは、中国批判の理由です。中国の人権問題を問題視して批判しているのがバイデン氏です。伝統的に民主党には中国の人権抑圧に批判的な勢力も強いので理解できます。対中国という文脈でもバイデン氏は民主国家との協力関係を重視しています。

バイデン氏は同盟関係の強化に関して次のように言います。

グローバルな脅威に対する集団行動を組織するための同盟国やパートナーとの協調を、私は外交政策上の最優先課題に掲げる。

トランプ流の外交術とは大違いです。バイデン氏はトランプ外交を次のように記述します。

もっとも必要とする民主的同盟諸国との間に溝を作り出してしまった。まるで、保証金を取り立てる暴力団のように振る舞い、同盟を破壊に向かわせるような態度をとった。

まったくです。在日米軍基地経費(ホストネーションサポート)の増額要求など「保証金を取り立てる暴力団」のようなやり方だったと思います。

アメリカの未来を左右する地域で共有する価値を進化させるために、安保条約を締結しているオーストラリア、日本、韓国との関係に再投資し、インド、インドネシアなどのパートナーとの関係を深めることで、北アメリカやヨーロッパを超えて、民主的友好国との集団的能力を高めていく必要がある。

心強いメッセージです。民主主義や人権、環境保護を重視するリベラルデモクラシーの国々は協力して地球的規模の課題解決に努力すべきです。

トランプ氏と真逆の政策に気候変動問題があります。

政権発足1日目に、私はパリ条約に復帰し、二酸化炭素排出国の指導者を集めたサミットを行い、排出量削減目標をさらに野心的な数字に見直し、より迅速で奥深い進展を実現するように働きかける。

ぜひやってほしいです。

他国の内政ですが、米国政治は国際政治と日本政治にきわめて大きな影響を及ぼします。バイデン氏に大統領になってほしいと思います。しかし、米国大統領はだいたい再選されるし、バイデン氏はやや不人気です。今のところトランプ氏が優勢という予測が多いですが、コロナ対策なども今後の政治情勢に影響を与えるでしょうから、何とか逆転してバイデン政権が誕生することを期待しています。