「クールジャパン」はクールじゃない:外務委員会質疑より(1)

本日(5月20日)衆議院外務委員会で30分の質疑を行いました。その一部の内容をご紹介させていただきます。

おそらく経済産業省主導だと思いますが、内閣府は「クールジャパン戦略」という戦略を推進しています。「戦略」の名に値しないものですが、その目的は次の通りです。

世界の「共感」を得ることを通じ、日本のブランド力を高めるとともに、日本への愛情を有する外国人(日本ファン)を増やすことで、日本のソフトパワーを強化する。

この「クールジャパン」という言葉は、英国の「クール・ブリタニア」というパブリック・ディプロマシー戦略の真似です。しかし、本家本元の英国では、おそらく今は「クール・ブリタニア」という言葉は死語になりつつあると思います。もともとクール・ブリタニア政策は1990年代後半のブレア労働党政権の政策です。

またクール・ブリタニアは、昔からあった「ルール・ブリタニア(Rule, Britannia!)」という言葉にひっかけた言葉です。「ルール・ブリタニア」は「英国よ、統治せよ」という意味で、大英帝国の拡大期を象徴する愛国歌のタイトルでもあります。英国人や教養ある英語圏の人なら「ルール・ブリタニア」を知っているから、「クール・ブリタニア」の洒落をおもしろいと感じるわけです。

しかし、日本の「クールジャパン」にはそんな背景はありません。20年以上前の英国の真似であり、「クールジャパン」はちっとも「クール」じゃない気がします。クールジャパン戦略は、単に英国政府のパブリック・ディプロマシーが成功したので、それをかたちだけ真似たものだと思います。クールジャパン戦略は、きわめて底が浅く、戦略性のない戦略だと思います。

クールジャパン事業の行政評価レビューシートを見ると以下の通りで、受注している委託先企業は電通や博報堂等の広告代理店ばかりです。毎年だいたい36億円の大きな事業です。

クールジャパン(重要事項に関する戦略的国際広報諸費)政府広報室

  • 平成27年度 約36億円:電通、エヌ・ティ・ティ・アドなど
  • 平成28年度 約36億円:電通、エヌ・ティ・ティ・アド、博報堂など
  • 平成29年度 約36億円:電通、エヌ・ティ・ティ・アド、博報堂など
  • 平成30年度 約36億円:電通、エヌ・ティ・ティ・アド、博報堂など
  • 令和元年度  約36億円:電通、エヌ・ティ・ティ・アド、博報堂など

クールジャパン戦略の実施体制は大いに疑問です。パブリック・ディプロマシー戦略は、外交戦略という側面が強いわけで、外交の専門家や地域の専門家が関与すべきだと思います。しかし、内閣府からクールジャパン関係で助言を得ている15人の有識者リストを入手したところ、そのほとんどが広告代理店や企業OB等の広告業界の人でした。その他は元特派員と異文化コミュニケーションの専門家が1人ずついるだけでした。

日本製品の売り込みと観光客誘致だけならそれでいいのですが、国家戦略としてのパブリック・ディプロマシーの助言には、広告業界人だけではダメだと思います。

米国パブリック・ディプロマシーの失敗例として有名なのが、「広告界の女王」のシャーロット・ビアーズの広報戦略でした。彼女は大手広告代理店のCEOでしたが、9・11後の米国のパブリック・ディプロマシーを託すべく国務次官に任命されました。

しかし、彼女は外交経験ゼロで、ビジネス経験があるだけでした。情報の受け手となる対象への基本的な理解が欠けていました。イスラム圏の文化や政治状況を理解せず、米国流の広報戦術をそのままぶつけただけでした。

また、米国会計検査院は、国務省の担当要員の不足、担当者の語学力不足を指摘しています。もちろん米国の国務省担当者の「語学力不足」は、英語力不足ではなく、対象国の現地語の能力不足です。対象国の事情を理解することの重要性を理解していなかった結果の失敗でした。

パブリック・ディプロマシーに関しては、外交や国際政治、あるいは、地域研究者といった専門家の助言が必要だと思います。電通や博報堂、企業広報担当者が、日本の外交戦略に助言しているのかと思うとちょっと怖いです。まして毎年のように電通や博報堂が受注する事業を助言する有識者が、広告業界の人たちというのは利益相反の恐れもあります。

当方の質問に対しては、内閣府からはかみ合った答弁はなく、おそらく来年以降も同じような有識者が選ばれ、同じように電通や博報堂が受注するのでしょう。あまり効果が見込めない広報事業に毎年36億円の予算が投じられるのは納得できません。

次に外務省内のパブリック・ディプロマシー実施体制についても質問しました。外務省にはさすがにパブリック・ディプロマシーの専門家がそれなりにいます。実施体制も少しずつ改善しています。しかし、いまの担当者が適任なのかどうかは承知していません。外務省内で有名なパブリック・ディプロマシーの専門家はいま駐アイルランド大使です。パブリック・ディプロマシーの専門家がアイルランドに赴任するのはよいのですが、そういう専門家がたくさんいないと本省に人材がいなくなってしまいます。

ちなみに米国にはパブリック・ディプロマシー諮問委員会(US Advisory Commission on Public Diplomacy)という組織が国務省にあります。委員は上院の承認人事ですから、議会も監視しています。米国は過去の経験から学びながら体制を整備しているといえるでしょう。もっとも大統領があんなでは、国務省の担当者がどれだけ米国のイメージアップに努めても効果は限定的でしょう。

英国にはパブリック・ディプロマシー委員会(Public Diplomacy Board)が置かれ、外務省、British Council、BBC、観光庁、国防省の関係者が集まり、パブリック・ディプロマシーに関する政府内調整のメカニズムがあります。英国の制度はすぐれている印象を受けます。

パブリック・ディプロマシーを担う人事に関しては、米国の国務省の外交官試験の専門区分が5つあり、そのうちの1つがパブリック・ディプロマシーです。(その他は、政治、経済、領事、管理です)。米国ではキャリア外交官の専門性のひとつとして認識されています。日本の外務省でも重視すべき専門性だと思います。

こういった指摘に関しては、茂木外務大臣の答弁は肯定的なのか否定的なのかよくわからない答弁でした。とにかくこちらの言い分を受け入れるのが嫌だという印象だけはしっかり伝わってきます。何か言い返したいだけで、中身は空疎な答弁でした。まじめに受けとめている感じはしませんでした。外務大臣の答弁の好感度アップも考えた方がいいでしょう。