ロシアの情報戦は日本の市民も対象

ロシアのウクライナ侵攻は、国際法的にも人道的にもまったく許されるものではありません。日本もロシアに武力行使の停止を強く求めるべきであり、私も日本政府のスタンスを支持します。

西側諸国の一員としてアメリカやEUと協調し、「ロシア経済協力担当大臣」を「ロシア経済制裁担当大臣」に改めて、長期にわたる経済制裁に備えることも必要だと思います。日本経済への悪影響を甘受してでもロシア経済制裁に参加すべきです。

アメリカの世論が分断され、バイデン大統領は世論の圧倒的な支持のもとでプーチン大統領のロシアと対峙することができませんでした。そのことがバイデン政権の弱腰な対応を招いたのかもしれません。早々と軍事介入の意志がないことを表明し、プーチン大統領が「それなら大丈夫」と思ったことは容易に想像できます。

バイデン大統領の立場に立てば、軍事同盟関係にないウクライナのために第三次世界大戦を起こすわけにはいきません。やむを得ないといえばやむを得ない状況といえます。私は「これ以上のNATOの拡大はしない」とバイデン大統領がプーチン大統領に約束して収束するものと予想していました。しかし、予想は裏切られ、戦争が始まってしまいました。

20世紀の後半の冷戦下は、国家間の正規の戦争はほとんど起きませんでした。米ソの代理戦争的な内戦やゲリラ戦等の非正規戦は多くても、国家間の正規戦は少なかったといえます。

しかし、21世紀に入ってからはイラク戦争、ロシア・グルジア(ジョージア)戦争(南オセチア紛争)、最近では2020年のアルメニア・アゼルバイジャン戦争(ナゴルノ・カラバフ紛争)と国家間の正規戦が続いています。

ロシアは、2014年のクリミア併合、ウクライナ東部の紛争と、アグレッシブな動きを続けてきました。プーチン大統領はジョージアでもシリアでもウクライナでも多少の出血はいとわず、強硬な対応をとってきました。

このような一連の対応を見ると、プーチン大統領が北方領土を一部でも返還する気があったのか疑問です。安倍総理はプーチン大統領との親密さをアピールし、北方領土の2島がもう少しで返還されるような幻想をふりまいていましたが、まったくの妄想だったと思います。

安倍政権のころに個人的に親しい外交官やロシア政治の専門家に意見を聴くと「ロシアが北方領土を返すとは思えない」と口をそろえて言っていました。結果はその通りでした。

安倍政権は、ロシアに経済協力を約束させられ、G7諸国の結束を分断するために利用され、だまされたということです。プーチン大統領を信じたのが間違いだったと思います。

次に気になるのはロシアが仕掛けている「情報戦」です。ロシアはインターネット時代の以前の旧ソ連時代からプロパガンダや偽情報で他国の世論に影響を与えることを得意としてきました。

旧ソ連時代の「情報戦」の主体は、対外諜報機関であるKGBでした。そのKGBの中佐だったのがプーチン大統領です。プーチン大統領は「話せばわかる」という政治家ではなく、情報機関出身の冷徹な策士であり、戦士だと思います。

ちなみに近年の洗練されたロシアの「情報戦」についてブログでも書いたことがあります。

*ご参考:2021年2月7日付ブログ「元モスクワ特派員が見た『破壊戦』と安倍外交」

元モスクワ特派員が見た「破壊戦」と安倍外交
日本経済新聞社の元モスクワ特派員の古川英治氏(現編集局国際部次長兼編集委員)が書いた「破壊戦:新冷戦時代の秘密工作」という本がおもしろかったです。ロシアの情報機関や国営放送による世論操作(特にフェイクニュース拡散)やサイバー工作の怖...

ロシアの情報機関や国営放送等による世論操作(フェイクニュースの拡散や政治家やメディア関係者の買収等)は、「シャープ・パワー」という新しい言葉で形容されるほどです。ロシアは「情報戦」でもアグレッシブです。

今回のウクライナ侵攻でもロシアの「情報戦」は活発で、日本のネット空間の言動を観察しているとロシアの情報操作に影響されている人が意外に多くて心配になります。リベラルな人のなかにも「ロシアにはロシアの言い分がある」みたいな主張を発信する人がいて驚きます。

確かにウクライナの大統領がポピュリスト的な言動でロシアを刺激したことはあったかもしれません。西側ももっと柔軟に対応した方がよかったかもしれません。ウクライナ政府やアメリカ政府、NATOがもう少し妥協すれば、戦争は避けられたかもしれません。

しかし、だからと言って、問答無用に武力侵攻したロシアの言い分に耳を傾けるほどの理由にはなりません。ロシアの言い分には「なるほど。ウクライナは武力侵攻されても仕方ないな」と思えるような説得的な主張はありません。

ロシアの国営通信社や政府系メディアの日本語サイトの情報を拡散するような行為は、ロシアの「情報戦」の片棒を担いでいるのと同じことです。ロシアのプロパガンダを拡散するのは、ある意味でロシアの「情報戦」に参戦しているのと同じです。そういう自覚もなく、「双方の言い分に耳を傾けよう」みたいな主張をするのは、きわめて危険です。

世の中には絶対悪が存在します。マルクス・ガブリエルのたとえを借りれば、生まれたばかりの赤ちゃんを高層ビルの窓から投げ捨てようとすれば、どんな国のどんな民族のどんな宗教の人でも「やめろ!」と止めるでしょう。どんな状況下でも許されない行為があります。それは絶対悪です。

今回のロシアのウクライナ侵攻は絶対悪だと思います。武力を最初に行使した方が圧倒的に悪いです。まずは武力行使を止めることが先決です。武力行使した側のロシアの主張に耳を傾けるのは、停戦のあとで十分です。

さらに「武力行使をすることで、主張に耳を傾けてもらえる」という状況を作ることも危険です。まずはロシアに即時停戦と撤退を求めるのが唯一の正しいやり方です。

ネット上で驚いたリベラルな有識者のコメントのなかには、「NATOがウクライナにミサイルを配備したからロシアの侵攻を招いた」みたいな意見もありました。おそらくNATO加盟国でないウクライナにNATOがミサイルを配備するはずがありません。

単なる事実誤認なのか、あるいはアメリカがウクライナにミサイルを輸出したことをもって「NATOがウクライナにミサイル配備」と誤解したのかもしれません。単なる武器輸出と「NATOがミサイルを配備」ではまったく意味合いが異なります。

そうでなければ、ロシアが主張する「ウクライナがNATOに加盟してミサイルを配備したらモスクワが脅威にさらされる」という主張を拡大解釈したのかもしれません。確かにロシアの主張には一理ありますが、仮定の話であり、武力侵攻の理由にするのはムリ筋です。キューバのミサイル危機のように実際にミサイルが配備されれば、緊張関係を招いても仕方がないでしょうが、単に「可能性がある」というだけで武力侵攻は明らかにやり過ぎです。

こういった事実誤認は、書いた人の知識不足なのか、ロシアの情報操作の結果なのかわかりません。しかし、このような誤った認識に立って「ロシアの立場にも理解を示そう」というコメントは誤りです。

圧倒的な軍事力の差がある国に一方的に攻め込み、国際法的にも無効な武力侵攻には「喧嘩両成敗」は成り立ちません。

ウクライナのポピュリスト大統領には同情する気は起きません(戦争を招いた責任の一端は彼にあります)。また、ウクライナにはネオナチ政党が存在するのも事実だと思います。しかし、それでもプーチン大統領の武力行使を是認する理由としてはまったくもって不十分です。

無自覚にロシアの情報操作に乗っかっている人は日本に大勢いると思います。双方の言い分を聴くことは、通常の状況下では正しいかもしれません。しかし、この状況ではロシアの言い分を聴くべきではありません。ロシアの思う壺です。

日本は「まずは停戦して撤退すべき」とロシアに向かって強く言うべきです。「ウクライナにも反省すべき点がある」みたいなコメントは、停戦が実現した後のことです。今の状況下で圧倒的に悪いのはロシアです。西側諸国の一員として日本も抗議し、行動すべきです。