世界のリベラル政党の政策(3)イギリス労働党

世界のリベラル政党・社会民主主義政党の総本山といえば、イギリス労働党と言ってもよいでしょう(?)。アメリカの民主党は、近代政党としては特殊なので、あまり参考になりません。最近のアメリカ政治は、反面教師にはなっても、お手本にすべき点は少ないので、アメリカの民主党については調べません。

世界の社会民主主義の政党のなかで伝統があり、政権を担った経験も豊富なイギリスの労働党から学ぶことは多いと思います。最近はパッとしませんが、それでも政権奪還に向けて努力しているのはよくわかります。

以前から私はイギリス労働党のメーリングリストに登録していて、メールをときどき読んでいます。また、総選挙のたびに労働党のマニフェストには目を通してきました(100ページほどです)。そして今回あらためて政策文書を読んでみました。

現在の党首は、弁護士で元検察官のキア・スターマー氏です。最近の労働党は、かつて強固な労働党の地盤だったスコットランドで地域政党に議席を奪われ、労働者階級の支持を反EU政党に奪われ、伝統的な支持基盤を失い、苦しい状況が続いています。ただし、現在のボリス・ジョンソン首相が、スキャンダルに見舞われ、コロナ対応でも失敗し、次の総選挙は政権交代のチャンスかもしれません。

労働党のホームページを見ると最近のスローガンは「STRONGER TOGETHER: Britain in 2030」とあり、「ともに強くなろう:2030年のイギリス」とでも訳せるでしょう。序文を読むと「コロナ危機から立ち直り、再び強くなろう」という雰囲気でこのスローガンが選ばれたようです。

イギリスがこれから十年で直面する重要課題として以下の6つをあげています。次の総選挙のマニフェストの柱になるものです。

  • 環境とデジタルの未来(A green and digital future)
  • より良い仕事とより良い働き方(Better jobs and better work)
  • 安全で安心の地域コミュニティ(Safe and secure communities)
  • 世界水準の機能する公共サービス(World-class public services that work from the start)
  • 家族を大切にする未来(A future where families come first)
  • イギリスの新しい国際的役割(A new international role for Britain)

環境やデジタル化を重視するのは当然として、雇用や働き方、公共サービス、家族政策を重視している点が「労働党っぽい」と私は思いました。労働政策は労働党のコアですが、「働く人々のためのニューディール(New Deal for Working People)」を訴え、労働者の権利を守り、分配を重視する姿勢を明確にしています。

コロナ後の世界で「小さな政府」は不人気です。保健医療等の公共サービスを重視する流れは、世界的なトレンドだと思います。多くのイギリス国民はNHS(国民皆保険制度)を信頼していますが、保守党政権下で保健医療サービスの劣化が進んだ点を強く批判し、NHSの強化を訴えます。

EUから離脱したイギリスにとっては「新しい国際的役割」は死活的に重要です。大英帝国の遺産の英連邦諸国とのきずなやアメリカとの歴史的紐帯を大切にし、日本やオーストラリア等のアジア太平洋諸国との関係強化も含んでいるのでしょう。

ホームページで政策のページを見ていておもしろいのは、左側に労働党の政策提案、右側に保守党政権の政策の問題点が対比して書いてあり、与野党の政策のポイントをわかりやすく対比している点です。保守党の政策には「現状維持(The Conservative Status Quo)」という表現がくどいほど出てきます。

日本では「野党の批判が批判される」という異常な事態ですが、イギリスではすべての主要政策について与党の政策を批判し、対案を対置しています。これぐらい丁寧にしつこく与党の政策を批判するのはよいことです。

日本では「批判」がネガティブなイメージの言葉ですが、アメリカやイギリスの学校教育ではしつこいほど「批判的思考」が教えまれます。私もICUの1年生の頃に英語教育プログラムで徹底して「批判的思考」を教え込まれた記憶があります。あとでロンドン大学に留学してわかりましたが、それが英語圏の大学のスタンダードな教育だったのだと思います。

批判しない野党は、吠えない番犬と同じです。イギリス労働党のホームページから学ぶべきだと思います。現状を批判して改善をめざすのが、リベラル政党の使命です。リベラル政党は「現状維持じゃないぞ」としつこく主張すべきだと思います。

イギリスで「現状維持」を望む政党は、その名が示すとおり「保守党」です。安倍政治を変えるつもりのない岸田総裁の自民党も「保守党」とか「愛国保守党」とか、党の名称を変更してもらいたいものです。

もちろんイギリスの保守党が労働党を批判しないということではありません。ある意味で保守党の方が口汚く批判しているともいえます。それはボリス・ジョンソン首相のキャラクターを見れば容易に想像できると思います。

批判は大切ですが、その批判は根拠やデータに基づくべきです。そして人格を否定するような個人攻撃や誹謗中傷ではなく、政策課題や対策の問題点だけを批判するべきだと思います。

大学の講義で習って心に残っている言葉に「Soft on the people, hard on the issue」というのがあります。社会人になってからも「人に対してはソフトに。課題に対しては強く」という交渉スタイルを心がけてきたつもりです。

政治の世界では批判も大切だし、問題点を強く追及することも重要です。議会では礼節を保ち敬意を払いつつ、厳しく批判することが大切です。議会の重要な役割のひとつは、政府(行政府)の監視であり、権力の暴走を防ぐことです。イギリス労働党は、そういう自己認識をしっかり持っている印象を持ちます。

蛇足ですが、私の留学先のロンドン大学教育研究所は、もともと「フェビアン協会」の関係者によって設立されました。社会主義の知識人が集まる「フェビアン協会」は、労働党設立時の基盤となりました。私は労働党寄りの大学で教育を受けたので、私の教育政策論はやや労働党寄りになっているのかもしれません。

全般的にイギリス労働党の政策は、立憲民主党の関係者にとってはなじみがあり、あまり「新しい発見」はないかもしれません。労働党の政策を読みながら、「立憲民主党とそんなに変わらない」という感想を持ちました。学ぶべきはスタイルです。政権与党に対して対立軸をより明確にしてもよいという感想を持ちました。