ドイツの科学技術政策の成功

ドイツのメルケル政権は2005年以来の長期政権ですが、ドイツの科学技術政策は高く評価されています。それに対し、安倍政権もそこそこ長期政権ですが、科学技術政策にお金をかけている割に国際的評価を下げ続けています。大学教育政策でもドイツの方が成果をあげています。日独の両首相の政策を比較して、ドイツが調子よく、日本がイマイチの理由を探りたいと思います。

ドイツと日本の実績をくらべてみます。大学の世界ランキングであるTHE(Times Higher Education)の上位200校に2005年にはドイツの9大学が入っていました。2017年にはドイツの22大学が上位200校にランクインしています。それに対して日本では上位200校に2校(東大と京大)しか入っていません。一方、ドイツはメルケル政権下2005年から2017年にかけて9校から22校へと急増しています。大学ランキングという一つの評価基準にすぎませんが、ドイツの上昇トレンドは見て取れます。

世界の論文の被引用数上位10%の論文を見ると、1980年代後半には日本とドイツは約6%でほぼ同じでした。しかし、2012年にはドイツが11.1%で、日本が5.2%と倍以上に差がつきました。日本は下がり、ドイツは上がっています。同じ期間中に実力差が開いてしまいました。

メルケル政権下で2005年から2017年の間にドイツ連邦政府の科学研究支出は2倍に増えました。メルケル首相が主導して「研究・イノベーション協約」を結び、科学研究費を年5%というペースで毎年安定的かつ予測可能な形で増やし続けてきました。

ちなみにGDPに占める研究開発費の割合という点では、日本はドイツにまさっています。それなのに論文の被引用数などの指標で日本はドイツに負けています。日本も研究開発にお金をかけていますが、ドイツほど成果があがっていない点が問題です。費用対効果が悪く、日本は「お金の出し方」に問題があることを示しています。

また、近年では外国人の研究者が、ドイツの研究機関に職を得る傾向も強まっています。これまで伝統的にアメリカやイギリスの研究機関や大学が、世界中の優秀な人材を磁石のように吸い寄せてきました。しかし、ドイツの研究機関も外国人研究者にとって魅力的になっています。大学や研究機関の国際化という点でも日本はドイツに負けています。

日本とドイツの差を生んだのは、政治の差、あるいは、首相の差だと思います。2005年にメルケル政権が誕生した年に、私も衆議院議員に初当選しました。したがって、メルケル首相任期中の日本の歴代首相たちもを身近で観察してきました。

小泉総理、安倍総理、福田総理、麻生総理、鳩山総理、菅総理、野田総理、安倍総理(第二次)と続きましたが、任期1年程度の短命政権では大きな政策転換はむずかしかった点は割り引く必要があります。ある程度の長期政権だったのは小泉政権と第二次安倍政権だけです。二人とも文系(学士)ということで、科学技術政策には強くなさそうです(興味もなさそうです)。

鳩山総理と菅総理は理系の首相であり、鳩山総理にいたっては博士号をお持ちでしたが、いかんせん在任期間が短く、かつ、普天間問題や東日本大震災といった大きな問題があり、科学技術政策に力を入れる余裕はなかったことでしょう。これといって記憶に残る科学技術政策はありません。

対してドイツのメルケル首相は、物理学の博士号を持つ研究者でした。環境大臣等を歴任し、その上で首相に就任していますが、環境大臣時代に原発政策などをきちんと勉強しています。福島第一原発事故の後にメルケル首相が脱原発に舵を切れたのも、物理学者としてのセンスと環境大臣として原発政策に関わった経験のおかげだと思います。

研究開発の現場経験があり、物理学の博士号を持つメルケル首相と安倍総理とくらべるのは酷かもしれません。しかし、それにしても安倍総理の先見性の無さにはあきれます。安倍総理はOECD閣僚会議で次のように述べたことがあります。

私は、教育改革を進めています。学術研究を深めるのではなく(=Rather than deepening academic research that is highly theoretical)、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新しい枠組みを、高等教育に取り組みたいと考えています。

安倍総理とその周辺の官僚(おそらく経産省官僚)は、理論的な学術研究、基礎研究を軽視しています。目先の利益ばかりを追いかけ、すぐに役立つ応用研究、すぐに実用化できる研究ばかりをやりたがるのは、経産省の官僚の特徴と言えるかもしれません。おそらくこの総理演説のスピーチライターは、文部科学省の官僚ではなく、経済産業省の官僚だと思います。

基礎研究を軽視して、応用研究ばかりに国が予算をつけていたら、20~30年後に日本の研究者がノーベル賞を受賞することは少なくなるでしょう。こんな政策を続けていたら、優秀な日本人研究者はアメリカやドイツ、中国の研究機関にだいたい頭脳流出してしまうことでしょう。そして基礎研究の土台がないところに、応用研究が発展することもないと思います。

さらにドイツの科学技術政策や高等教育(大学教育)政策の重要な特徴は、研究機関や大学の自治、学者の自治を重視する点です。ドイツには、研究費助成(ファンディング)に関しては、政府の声を反映する仕組みが基本的にありません。政府は研究開発費を増やすべく努力しますが、研究内容に口出ししません。文部科学省や一部の与党議員が、研究開発に口出しする日本とは大違いです。スパコン疑惑のような問題は、ドイツでは起こりえません。

日本では毎年の予算要求のたびに「目玉政策」が出てきます。政府の骨太方針に毎年のように新たな「目玉」を用意する日本のやり方は、科学技術政策や教育政策のように長期的視点が重要な分野では最悪です。しょっちゅう国の方針が変わるようでは、時間のかかる基礎研究に落ち着いて取り組めません。

毎年のように予算要求や研究助成の申請手続きに膨大な時間と労力を割くのは、優秀な科学者や学者の才能の無駄づかいです。ノーベル賞を受賞した山中教授が研究資金獲得に必死になられているのは気の毒です。国が安定的に基礎研究に予算を確保する仕組みをつくる必要があります。そして国は自制心を持って「金は出すけど、口は出さない」という姿勢を明確にし、学者や研究者の創意工夫を信頼すべきだと思います。

安倍総理にメルケル首相の見識を真似しろといっても無駄です。次の総理には、周囲に優秀なブレインを集め、経産省主導の科学技術政策や教育改悪からの脱却を図っていただきたいと思います。科学技術政策や大学教育政策においても、安倍政治からの脱却が必要です。

*参考:

(1)永野博 2016年 『ドイツに学ぶ科学技術政策』 近代科学社

(2)西川伸一 2017年9月10日付ブログ「ドイツ科学の卓越性」https://news.yahoo.co.jp/byline/nishikawashinichi/20170910-00075571/

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