大学教員の非正規化は自由への脅威

近年の「大学改革」の流れで大学教員の非正規化が進んでいます。あえてカッコ書きで「大学改革」と記したのは、「大学改革」のなかには実際は「大学改悪」というケースが多いからです。安倍前総理の教育再生会議や文部科学省の罪は重いです。

さて、朝日新聞と河合塾が実施した2017年の調査によると、全国の大学の教員のうち約半数は非常勤で、常勤の教員も約4分の1が「特任」「特命」などの形の期限付き任用だそうです。語学などの科目で非常勤や客員の教員が多い傾向は昔からありますが、それにしても非正規の教員が増えています。

雇う側の大学にとっては、非正規の教員は使い勝手がいいのかもしれません。しかし、非正規雇用を強いられる教員にとっては不幸です。企業や研究所などに所属している人が、客員教授や非常勤講師として大学で教えるのは何の問題もありません。私も北海道大学で一学期だけ非常勤講師をさせていただいたことがありますが、とても良い経験でした。

他方、本当は正規教員のポストを望んでいるのに、大学側の財政的事情で非常勤を余儀なくされ都合よく使われているのであれば望ましくありません。博士号取得後もポストがなくて、不安定な雇用を強いられる研究者も多いです。また採用されても3年とか5年の期限付き任用では将来不安は解消されません。

大学の正規教員(終身在職権のある教員)のポストが減っていることは、単に大学における雇用問題にとどまりません。経済学者の猪木武徳大阪大学名誉教授は次のように述べます。

「学問の自由」は、大学における教師の終身在職権(tenure)とも深く結びついている。近年、先進工業国の高等教育・研究機関で、雇用形態に関して共通の傾向が生じている。そのひとつは、教育研究に携わるものの雇用が、一部短期化しはじめているということだ。

いったん終身在職権を得た大学教員は、身分保障に守られて、自由に研究したり、自由に発言できるようになります。終身在職権を得た後は、まったく論文を書かなくなる大学教員もなかにはいるかもしれません。だから緊張感をもって教育や研究にあたらせるために期限付き任用を増やすべきという理屈も成り立ちます。

しかし、終身在職権を得ることによる自由は、学問の自由を保障するという観点から重要です。猪木氏は次のように言います。

人間の知識の不完全性に対処するための「制度」として自由を捉えた場合、自由は単に私人の精神的欲求の擁護という話に留まるものではなく、真理、善、美など社会のもろもろの価値を実現させるための重要な社会制度である(中略)

実は大学が担っている重要な社会的任務のひとつが、この「自由」を確保するということにある。大学とは、すべての知識と科学、知識と原理、研究と発見、実験と思索といったものを高度に保護する力であり、知識の領域を定め、すべての分野において侵害や、屈従が起こらないように監視する場所である、というJ・H・ニューマン(1801~1890)の言葉の意味は重い。(中略)

学問の自由が、単に個人の「知る権利」の擁護としてではなく、社会全体が自由かつ適切な判断を下せるために必要な制度なのだというニューマンの「学問の公共性」の認識がある。

大学の社会的使命のひとつが自由の確保だとすれば、大学教員の自由を担保することには社会的意義があります。したがって、大学教員の終身在職権は重要です。期限付き任用や非常勤の大学教員は、雇用形態が不安定で立場が弱く、自由な発言や自由な研究の制約になりかもしれません。非正規雇用の大学教員の比率がどんどん増えている現状は、自由への脅威と言えるかもしれません。大学政策の転換が求められます。

*参考文献:猪木武徳 2012年「経済学に何ができるか」中公新書