危険人物をリーダーに選ばないためにできること【書評】

米国人の紛争解決専門家(弁護士+臨床心理士)のビル・エディ氏が書いた「危険人物をリーダーに選ばないためにできること」という本がおもしろかったので、ご紹介させていただきます。

歴史上の危険人物(ヒトラー、スターリン、毛沢東、トランプなど)は、イデオロギーに関係なく、だいたい「ナルシスト」(自己愛的パーソナリティ障害)かつ「ソシオパス」(sociopath:反社会的パーソナリティ障害)だそうです。

著者によれば、どこの国でもナルシストもソシオパスも人口の7~8%は存在するそうです。そのなかでも「ナルシスト(かつ)ソシオパス」というのが最も危険で、著者は「悪性のナルシスト」と呼びます。

悪性のナルシストは、共感能力と罪悪感が欠如し、冷淡で自己中心的ですが、自信満々で堂々としてるので一見すると魅力的です。そして社会的地位の高い人に多く見られます。強い指導者を求める有権者には、そういう悪性のナルシストが評価される傾向があります。

悪性のナルシストは、対立をあおることで支持を集める「対立屋」です。対立屋は、存在しない「架空の危機」をあおり、「架空の悪者」をつくり、自らを「架空のヒーロー」たらしめます。

ナチスドイツの例でいえば、「架空の危機」は裏切りによる第一次世界大戦の敗北やユダヤ人の陰謀であり、「架空の悪者」はユダヤ人であり、「架空のヒーロー」がヒトラーです。

ドイツの人口の1%ほどのユダヤ人が、それほど大きな悪影響を及ぼしたはずはありません。ありもしない危機をあおってヒトラーは権力を握りました。著者によると人口の1~3%の少数派集団が「架空の悪者」にされやすいそうです。日本の文脈でいえば、在日韓国人や外国人移民はターゲットにされやすい集団といえます(従って、こういう人たちに対するヘイトには警戒が必要です)。

悪性ナルシストの「対立屋」は、非常に攻撃的な言動をとり、選挙に勝つと「対立をあおる政治家」になり、すべてを支配する権力者になりたがります。対立屋は、攻撃の片棒を担ぐ支持者を手なずけ、標的を非難し、コミュニティを分断します。

ヒトラー、スターリン、毛沢東といった「対立屋」が引き起こした害悪については詳しく述べるまでもありません。しかし、反対派、穏健派、無関心派が、「対立屋」の危険性を認識して団結すれば、「対立屋」の台頭を阻止できると著者はいいます。その具体的な方法を引用します。

まずはしてはいけないことから説明していきましょう。非常に攻撃的な言動に対してよくある(そして自然な)対応は、受け身になり、結果として攻撃的な人物に従ってしまうというものです。しかし、対立屋に対しては決して受け身の対応をしてはいけません。してしまうと、彼らはみなさんを踏みつけ、恥をかかせ、弱虫と呼んで、破滅させようとします。

著者によると「従ってはいけない。受け身になってはいけない。」というのが原則です。対立屋の攻撃性は決して弱まりません。悪性ナルシストは反省しません。放っておくと危険性を増すばかりだと著者はいいます。

対立屋の度を越した攻撃に対するもうひとつのありがちな(そして自然な)対応は、対立屋と同じように攻撃的になることですが、対立屋に対しては決して攻撃的な対応をしてはいけません。うっかりしてしまうと、その瞬間から彼らはみなさんのことを怒りっぽい、頭がおかしい、破壊的な、もしかすると暴力的な人物であると決めつけ、そして自分は良識ある、理性的な、冷静な人間だと言うのです。

これは意外でした。「受け身になってはいけない」一方で、攻撃的になってもいけないそうです。相手の土俵にのってはいけないそうです。

対立屋の非常に積極的な攻撃に対するもうひとつのありがちな(そして自然な)対応は無視することですが、相手にするのを拒否すると、対立屋はみなさんのことを逃げ出した臆病者であるとか、「真実」から目を背けようとしているなどと言って攻撃してきます。

私などはこういう対応をとってしまうタイプです。私の場合は、言いがかりをつけられても、面倒だから無視してしまうことが多いです。対立屋と戦う場合、よくない対応だそうです。気をつけなくてはいけません。それでは対立屋に対抗するにはどうすればよいのか。

対立を煽る政治家に対する最良の、そして唯一の効果的アプローチは、堂々と自己主張することです。自分(や、自分が支持する候補者)を積極的に弁護するのです。対立屋に負けないくらい精力的になりましょう。ただし、対立屋に負けないくらい他者を報復してはいけません。事実に焦点を合わせるのです。しかも、相手を攻撃したり、破滅させたりしようとせずにです。大切なのは、事実に基づく正確な情報のみを提示することです。そのためにも、焦点を絞って、明確に、力強く(多少高圧的でも)、ただし落ち着いた話し方をしてください。

このような情報は、対立屋の攻撃を受けたら必ず、なるべく時間を空けずに発信しましょう。可能なら、攻撃されたのと同じ場所で、たとえば、同じ新聞、同じ討論会、同じソーシャルメディアで発信してください。最初はごく短い情報しか出せなくてもかまいませんが、できるだけ早く対応して、対立屋による間違った情報が出た直後に事実に基づいた情報が流れるようにしなければなりません。対立屋が嘘を広めたり、その嘘に尾ひれがついたりする余裕を与えないようにするのです。

どんなときでも対立屋と同じくらい精力的になってください。有益な情報を示すと同時に、力や自信を見せつけるのです。事実に基づき、冷静さを失わないようにしましょう。正確で有益な情報とその落ち着いた態度があなたの力になりますし、対立屋やその代理人たちとの違いを明確にしてくれます。

著者のアドバイスは具体的です。うちの党の広報チームにも読んでほしい本です。著者のメッセージは明確です。「危険人物をリーダーに選ばないためにできること」があるということです。そして危険人物と対抗する政治勢力や有権者は、その具体策を知るべきということです。

いまちょうどアメリカ大統領選挙の真っ最中です。「なぜトランプ大統領が生まれたのか」、そして「どうすればトランプ大統領のような悪性ナルシストをリーダーに選ばなくてすむのか」を考えるにはよいタイミングかもしれません。「危険人物をリーダーに選ばないためにできること」はお薦めの本です。

*参考文献:ビル・エディ 2020年 『危険人物をリーダーに選ばないためにできること』 プレジデント社