英トラス首相の減税辞任から学ばなかった日本

岸田政権が減税を打ち出しました。私は愚策だと思います。理由は次の3つです。

1.税収の上振れを国民に還元するというのは、プライマリーバランスが黒字のときに言うべきことです。多額の国債を発行している現状では、国民に還元する余裕はありません。借金が少し減ったからといって、大盤振る舞いする人がいたら、どうかしてると思います。国民に還元するといっても、単に国債の発行額を増やし将来の国民にツケを回しているだけです。

2.所得減税といっても1年間の時限であれば、多くの国民は臨時収入を消費に回すよりも、貯蓄に回すでしょう。過去の時限付きの所得減税や定額給付金でもそうでした。景気をよくする効果は限定的です。その割に国の借金を増やすというデメリットが大きいです。

3.今年の4-6月期の需給ギャップはプラスです。減税は需要を増やす政策ですが、いまは需要が足りていない状態ではありません。供給が足りない状態です。教科書的に考えれば、こういった物価上昇時にとるべき経済財政政策は引き締めです。歳出の削減、金利の引き上げが、インフレ時にとるべき政策です。この時期の減税は、経済学の教科書と真逆の政策です。

要するに単なる選挙目当ての減税としか思えません。ここで思い出すべきは、昨年10月(わずか1年前)の英国のトラス首相の在任わずか1月半での辞任劇です。

トラス首相はエ、ネルギー価格高騰対策(半年で600億ポンド)や大規模減税(5年で450億ポンド=約7兆6000億円)を柱とする成長戦略を2022年9月23日に公表しました。

英国の中央銀行が金融を引き締めるなかで、財政出動と減税という整合性のない成長戦略に対し、市場が敏感に反応しました。金利は急騰し、英国ポンドは急落しました。

市場の混乱に対して世論の批判が一気に高まり、財務大臣が10月14日辞任し、トラス首相も10月20日に辞任しました。わずか一か月半の短い首相在任期間は、英国史上最短でした。市場が首相を辞めさせたといえるかもしれません。

後任のスナク首相は、大規模減税策をほぼすべて撤回し、財政再建路線に転換しました。2025年度以降の歳出は、実質ベースで年1%の増額に抑制する方針を決めました。エネルギー価格高騰対策を縮小する一方で、低所得者向けの給付は追加しました。トラス首相の成長戦略は全面的に見直しました。

ちなみにトラス首相の打ち出した「大規模減税」は、1年あたりだと1兆5000億円ほどなので、報道されている岸田政権の減税よりも小規模です。日本でもすぐに英国と同じことが起きるとまでは思いませんが、長期的には悪いシグナルになると思います。将来的に政府に対する信頼が低下し、国債が暴落するようなことが起きないとは言い切れません。