「ヒトラーの時代」とポピュリズムの台頭

私は同時に2~3冊の本を並行して読む癖があります。あきっぽいのが理由のひとつで、同じ本を長時間続けて読めません。ひとつの本を3~5分読んだら、別の本を読むのが習慣です。それと持ち運びを考えると、本のサイズも重要です。地下鉄の中で立って読むには新書や文庫本がいいし、机に座って読むときはハードカバーの本を読むようにしています。細切れ時間を有効活用するために常に新書を1冊はカバンに入れています。

というわけで、中公新書の池内紀著「ヒトラーの時代」と、岩波書店刊のヤシャ・モンク著「民主主義を救え」というハードカバーの本を同時並行で読んでいたら、この2冊は同じテーマを扱った本だと気づきました。

当時もっとも民主的とされるワイマール憲法下でヒトラーが政権を獲得し、独裁制を確立していく様子と、トランプ大統領の米国、エルドアン大統領のトルコ、オルバン首相のハンガリーで、ヤシャ・モンク氏の定義する「リベラル・デモクラシー」が破壊されていく様子が重なります。あまりにも似ているので驚きました。

ヒトラーの典型的な言葉や語り口は、池内氏の要約によると;

1.簡潔に断定して細かい議論はしない。

2.単純化したロジックを用いて、相反する二つをあげ、二者択一を迫る。

3.手をかえ品をかえてくり返す。

ヤシャ・モンク氏は、トランプ大統領などのポピュリスト政治家について次のように述べます;

口当たりのよい簡単な解決法こそ、ポピュリスト的アピールの核心にある。投票する者は、この世が複雑であることを認めたがらない。

ナチスが台頭し始めたころ、ドイツの権力者たちはヒトラーを過小評価しました。陸軍元帥あがりのヒンデンブルク大統領は、伍長あがりのヒトラーを「頭のいかれた男」と見ていました。財界の大物たちは、ナチスのことを「共産主義の防波堤」として利用しようともくろみました。泡沫政党だったナチスがあっと言う間に政権をとると予測していた人はほとんどいなかったようです。

保守系政治家たちも、財界人たちも、他の政党関係者も、ヒトラーとナチスを過小評価していたがゆえに対応を誤り、ナチスの全権掌握を許したといえるかもしれません。ドイツの作家のケストナーは、ナチスの権力掌握を指して次のように評したそうです。

雪の玉が小さいうちに踏みつぶさなくてはならない。雪崩になってからではもう遅すぎる

ヤシャ・モンク氏はポピュリスト台頭の背景には、「対抗勢力がポピュリストの恫喝の奥底に潜む狡猾さに気づかず、過小評価してしまう」ことがあると指摘します。ベネズエラのチャベスもイタリアのベルルスコーニも教養あるエリートから軽蔑され過小評価されていましたが、いつの間にか権力の基盤を固めました。

ポピュリスト政治家を「軽蔑しても、軽視してはいけない」というのが教訓です。単純で非合理的な主張を繰り返すポピュリスト政治家をバカにしている間に権力を握られてしまうのは恐ろしいことです。早い時期から警戒心を持ち、油断なく対抗しなくてはいけません。

ナチスの支持拡大の道具は、演説会とラジオでした。ヒトラーは演説の名手で、単純なメッセージをくり返し、聴く人を感動させる演説で支持を広げました。当時出回り始めたラジオというメディアを効果的に使いましたが、ラジオは演説がうまいヒトラーにとっては効果的な武器でした。もしいまヒトラーが生きていたらYouTubeを使って演説を拡散したことでしょう。

ナチスは組織的かつ効果的に広報活動を展開し、たとえばマイクの音質にまで徹底的にこだわりました。細部まで入念にやるのがドイツ流なのかもしれませんが、ナチスの組織的能力はきわめて高かったそうです。政党を組織化し、労働者を組織化し、少年少女を組織化し、とガチガチに社会全体をコントロールする方法を編み出しました。

ナチスは「一応」民主的な手段で権力を握りました。暴力的な行為をともなってはいたものの、少なくとも選挙の洗礼を受けながら権力に昇りつめました。最初は泡沫政党だったナチスが多数派になるまで10年かかりました。先進的なワイマール憲法下で民主的な方法で非民主的な政権が誕生したという矛盾です。制度として民主主義が確立していれば民主的な政治が行われるとは限らない典型例です。

ナチスは「ナチス体制は民主的だ」と主張しました。実際に国民投票を多用し、直接民主主義的な手法で非民主的な政権基盤を固めました。トルコのエルドアン大統領やトランプ大統領といったポピュリスト政権も、民主的な選挙で選ばれ、民意を背景にしながら、民主的な制度の土台を壊しています。民主的な選挙制度が、民主的な政権を生むとは限りません。また、国民のマジョリティの民意が、非民主的な政治を求めるケースもあります。怖いことです。

さいわい現在の日本ではそこまでリベラル・デモクラシーの破壊が進んでいるとは思いません。しかし、民主主義というのは、黙っていてもそこにあるものではなく、不断の努力なしには維持できないものだと認識することが必要な時代が来ています。

また、ナチスが政権を掌握したのは世界恐慌の直後でした。もし世界経済が急激に悪化したり、アベノミクスバブルが崩壊すると、日本でもポピュリズム政治家が台頭する可能性がないとはいえません。米中貿易戦争、リーマンショック以後長く続いた世界経済の拡大の終わりと、リスク要因は十分あります。景気が悪化すると、単純な(そして誤った)解決策を示すポピュリズム政治家の出現しやすい環境ができてしまいます。ポピュリズム的な手法はインターネット時代にますます有効になりました。この2冊の本を読んで、心してポピュリズム政治と対峙しなくてはいけないと思いました。

*参考文献
池内紀 2019年 『ヒトラーの時代』 中公新書
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2019/07/102553.html
ヤシャ・モンク 2019年 『民主主義を救え』 岩波書店
https://www.iwanami.co.jp/book/b470972.html

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