一律10万円の給付金を国会議員はどうすべきか?

国会議員にも一律10万円の給付金が支払われることになり、国会議員が受け取るべきか否かが議論になっています。大臣、副大臣、大臣政務官は、給付申請を行わないことを閣議決定したそうです。

それはそれで筋が通っていると思います。10万円の給付金を辞退するということは、国庫にその10万円が残り、政府が何か別の使途に使うということです。

政府内に入っている国会議員は、政府の予算の使い道を決めた人たちです。政府の予算の使い道を信頼して当然です。10万円を受け取らなくても、その10万円は政府が有効に使ってくれると信じているはずです。したがって、給付を辞退しても何ら問題ないはずです。

他方、政府予算案に反対した野党議員にとっては、自分たちが納得していない使途にも税金の一部が使われている現状をあっさり肯定するわけにはいきません。カジノ関係予算とか、米国製兵器ローン(FMS)の予算とか、原発推進の予算とかに、辞退した10万円の一部が使われる可能性があるわけです。

だったら10万円の給付を受け取ったうえで、自分のポケットに入れるのではなく、新型コロナウイルスで困っている人たちや困っている人たちを支援するNPOに寄付した方がよい、という発想があってもよいと思います。

国会議員の場合は、公職選挙法の規定により、選挙区内では寄付できません。私の場合は、福岡3区内のNPOや社会福祉法人等には寄付できません。比例九州ブロックにも重複立候補するので、九州・沖縄エリアのNPO等にも寄付できません。しかし、まったく利害関係のない国際機関、あるいは、むかし働いていた東京のNGO等に寄付するぶんには公選法違反にはなりません。10万円の給付金をそういった形で有効に使うのも一つの考え方だと思います。

麻生太郎財務大臣は、「お金に余裕のある人は10万円の給付金なんていらないだろうから、申請するな」みたいな感じの発言をされています。政府の予算案をつくる財務大臣という立場上、そういう発言をするのは、ある意味で整合性がとれているかもしれません(感じが悪いですが)。

しかし、一部の人たちが給付を受け取らないことになると、「申請するのは恥ずかしい」という雰囲気を醸し出し、申請した人の心にスティグマを残すことになりかねません。「申請するのは恥ずかしい」という雰囲気をつくるべきではありません。だれでも堂々と申請できる雰囲気をつくることが大切です。

立憲民主党(かつ共同会派)の安住国対委員長が、国会議員は給付金を受け取ったうえで、公職選挙法にふれない範囲内で、医療機関や養護施設、子どもの食堂などに寄付してはどうか、という趣旨の発言をされました。正論だと思います。

国会議員の10万円の給付金の受け取りに関して、与党と野党とで対応が異なるのは、ある意味で当然かもしれません。私は、最終的には党の方針にしたがいますが、現政権の予算の使い方に反対してきた以上、給付金を辞退するよりはNPO等に寄付する方が合理的だと思っています。

また、元NPO専従職員だった私としては、「わが家はコロナ危機でも所得は減っていないから、給付金申請は辞退しよう」と思っている市民の皆さまには、ぜひ寄付をお願いしたいと思います。これを機会に日本に寄付文化が根付くとよいと思います。

たとえば、安住さんのいう子ども食堂もいいと思います。経済的理由で進学をあきらめたり、中途退学を余儀なくされる学生のために母校の奨学金基金に寄付するのもよいかもしれません。発展途上国の脆弱な人たちの医療支援に寄付してもよいかもしれません。

国庫に10万円戻してもそんなに感謝されませんが、地域の小さなNPOに10万円寄付したら大きな支援になります。あるいは、退学しそうな学生にとっての10万円の奨学金は大きな力になると思います。地域のNPOでも、医療機関でも、母校の奨学金基金でも、ユニセフのような国際機関でも、国際NGOでも、コロナ危機で困っている人にダイレクトに届く支援に寄付されることをお薦めしたいと思います。