【書評】ザ・コールデスト・ウインター 朝鮮戦争

朝鮮半島情勢が緊張しています。こういう時期だからこそ前の戦争(1950年~53年の朝鮮戦争)から教訓を学ぶべきだと思います。デイビィット・ハルバースタム氏の遺作となった「ザ・コールデスト・ウィンター 朝鮮戦争」はその意味でお薦めの本です。

ハルバースタム氏はジャーナリズムに新しい手法を持ち込み、「ベスト&ブライテスト」や「メディアの権力」で評価され、ピューリッツァー賞も受賞しています。文章がとても上手です(もっとも日本語訳しか読んだことがありませんが)。最後に私の一番のお気に入りの部分を抜粋しますが、情景が目に浮かぶような名文です。

ハルバースタムの持ち味は、「エリートたちがいかに判断ミスをしてきたか」と克明に描く点だと、私は勝手に思っています。「ベスト&ブライテスト」でケネディ政権の超エリートたちが、いかにしてベトナムの泥沼へと誤った道を歩んでいったかを克明に描き出しました。この「ザ・コールデスト・ウィンター 朝鮮戦争」でも、ワシントンの政治家や政府高官、マッカーサー司令部がいかに判断を誤り、多くのアメリカ兵をムダな死に追いやったかが書かれています。

朝鮮戦争の重大な意思決定の場面においては、北朝鮮もソ連も韓国もアメリカも中国もみんな判断ミスを犯しています。北朝鮮とソ連は、アメリカの介入はないと予測し、判断を誤りました。アメリカは、中国の介入はないと予測し、判断を誤りました。韓国は北朝鮮軍には負けないと思っていましたが、あっさり負けました。マッカーサーは北朝鮮軍を簡単に片づけられると軽視し、結果的に痛い目にあいます。中国の毛沢東はアメリカ軍に勝てると思っていましたが、膨大な人的犠牲を払って引き分けに持ち込むのがやっとでした。

どこ国の指導者も、自分に都合の良い解釈で相手国や敵軍を過小評価し、結果的に判断を誤りました。マッカーサーのアジア人蔑視的な見方も判断ミスにつながりました。他方、中国側は軟弱な資本主義者のアメリカ兵は弱いという偏見を持ち、それが戦場における判断ミスにつながりました。中国共産党も旧帝国陸軍も「アメリカ兵は根性なしで弱い」という偏見を共有していた点が興味深いです。

外交や安全保障における意思決定においては、相手国の意思を推し量ることが重要ですが、相手がどんな判断ミスをしているかまで予測するのは困難です。完璧に合理的な人間同士が、国際政治の場で対峙しているのなら、コンピューターで計算して将来予測できるかもしれません。しかし、ふつうの人間は、感情や偏見、メンツや保身にとらわれ、必ずしも合理的な判断ができません。政治家、外交官や将軍も、やっぱり人間です。さまざまな理由から判断ミスを連発します。

トランプ大統領が、朝鮮戦争当時のトルーマン大統領より正しい判断ができるかどうかわかりません。第一次世界大戦と第二次世界大戦の修羅場をくぐり抜け、軍人経験もあり、政治経験豊富だったトルーマン大統領の方が、トランプ大統領よりも優秀な気がします。そのトルーマンでも多くの判断ミスを犯しました。

今回の朝鮮半島危機でも、アメリカ軍は再び北朝鮮軍を過小評価しているかもしれないし、北朝鮮の指導者もアメリカの出方を誤って評価しているかもしれません。トランプ大統領に盲従している安倍総理ですが、トランプ大統領が判断を誤る可能性をどの程度まで認識しているのでしょうか。とても心配です。

最後に、本筋の議論とはまったく関係ありませんが、この本でお気に入りの部分を抜粋します。名文だと思います。

ふと目を上げたとき、東から米軍部隊の長い行列が橋に向かって進んでくるのが見えた。兵士たちは疲れきっていて泥まみれだったが、どこか誇りに満ちた毅然たる雰囲気もあった。歩けるものは歩いていた。トラックや戦車の上もいっぱいだった。なかには重なり合っている者さえいた。長い列はどこまでも続いていた。そばを通りかかった誰かがエマソンに第二三歩兵連隊だと告げた。

その日のことでエマソンが何よりよく覚えているのは、第二三歩兵連隊の連隊長がいちばん最後の車両、機関銃を装備したジープに乗ってきたことだった。エマソンにはその意味がすぐに分かった。連隊長は中国軍が追いついた場合にもっとも攻撃を受けやすい位置に自ら身を置いていたのである。脱出する部隊のしんがりを務める、それが本物の司令官のやることだ。エマソンはそう思った。

その連隊長の名前はポール・フリーマンといった。フリーマンはちょっとジープを止めて、非常に冷静に威厳をもってエマソンに話しかけた。こんなこと、すなわち三個ないし四個師団の中国軍に追われながら一個連隊を引き連れて裏道を逃げることなど、毎日やっていることだといわんばかりの口調だった。「君、この橋を守っているのはどこの部隊か」とフリーマンはきいた。こちらも相手が誰だか分からないが、相手もこちらと同様、われわれのことを知らないようだ、とエマソンは思った。「第五連隊戦闘チームのA中隊であります」「第五連隊戦闘チームA中隊の幸運を祈る。ここでの任務に感謝する」といってポール・フリーマンは通り過ぎた。 

ポール・フリーマン連隊長、危機的状況のもとでもクールでかっこいいです。彼は中国軍の猛攻に陣地を強化して耐える戦術をあみ出し、厳しい状況で陣地を守り切った名指揮官です(うろ覚えですが、確かそうでした)。戦術眼がすぐれている上に、常に冷静沈着で、心がけもしびれます。「逃げるのは自分が最後、死ぬのは自分が最初」という心がまえの指揮官だからこそ、部下がついてくるのでしょう。部下を持つ者の心がけとして立派です。

*参考文献:デイビィット・ハルバースタム、2009年、「ザ・コールデスト・ウィンター 朝鮮戦争」 文芸春秋

関連記事

  • 本を読まない首相【書評】保阪正康著「田中角栄と安倍晋三」(2)本を読まない首相【書評】保阪正康著「田中角栄と安倍晋三」(2) ちょっと間があきましたが、保阪正康さんの「田中角栄と安倍晋三」の抜粋的書評のパート2です。この本でもうひとつ興味深かったのは、東条英機と安倍晋三の両首相の共通 […]
  • 犬養道子さんの訃報に思う犬養道子さんの訃報に思う 作家の犬養道子さんがお亡くなりになりました。犬養さんの名著に「人間の大地」があります。アフリカの飢餓や難民問題を描いたノンフィクションです。たしか高校生のとき […]
  • いっしょに働いてきた人たちいっしょに働いてきた人たち これまで政府機関(JICA)、NGO、政党・衆議院と、いろんな組織に属し、いろんな国で、いろんな人と働いてきました。上司に仕えたり、部下を管理監督したり、人間 […]