国際協力NGOセンターの30年

昨夜はNPO法人国際協力NGOセンター(JANIC)の30周年記念パーティーにお招きいただき、参加しました。JANICは、いわば「NGOを支援するNGO」です。NGOの業界団体ですが、NGOに興味のある市民の皆さんに情報を提供したり、自分の興味にあったNGOを紹介したりしています。JANICの理事には、いろんなNGOの代表者が入っていて、昔なじみの人たちが何人もいます。

思えば、私とJANICとのおつき合いは四半世紀になります。大学生のころからJANICの資料室にお邪魔して勉強したり、JANIC主催のイベントに参加したりしていました。JANICができて間もない時期からのおつき合いです。

短い間でしたが、JANICからお給料をいただいていた時期もあります。JANICが国際協力銀行(JBIC)からインドネシアのマイクロファイナンス現地調査のコンサルタント業務を請け負った際に、現地調査チームの一員に入れてもらい、インドネシア各地の農村や漁村、金融機関を1月半ほど回った思い出もあります。つたないインドネシア語でたいしてお役には立てませんでしたが、住民参加型開発の専門家や人類学者等から成る調査チームの末席に加えていただき、とても勉強になりました。

昨夜の記念パーティーが行われた「早稲田奉仕園」というところも、私にとってはとてもなつかしい場所です。早稲田奉仕園には、JANICのほかに老舗のNGOのシャプラニールの事務所もあります。シャプラニールも大学生のころからのおつき合いです。

学生時代にシャプラニールの事務局長さんに「将来NGOで働きたいんですけど、どういう準備をすればいいですか?」と尋ねたところ、次のように言われました。

NGOは新卒採用はしてないよ。即戦力しか採用していないから、大学を出たらどこかに就職して最低でも3年間は実務経験を積んで、その後にNGOで働きなさい。

大学を出てJICAに新卒で採用され、ODA実務に4年ほど携わり、その後でピースウィンズジャパンという国際協力NGOに転職しました。シャプラニールの事務局長の言葉がなかったら、そういう人生設計はしなかったかもしれません。

NGO業界というのは、人材の流動性が高く、転職も多いし、プロジェクト採用(任期付き採用)もけっこうあります。ピースウィンズを辞めた後も、2度ほど期限付きでピースウィンズの人道援助プロジェクトに参加したことがあります。一度は2004年にインド洋津波の直後にインドネシアに2週間ほど行き、一度は2015年に浪人中でからだが空いていたのでネパールの地震後の復興支援プロジェクトに4週間ほど行き、お手伝いさせてもらいました。NGO業界で一緒に仕事をした人たちは、辞めた後でも「なかま」みたいな感じが続きます。

また、JANICのパーティーには、JICAのNGO連携担当部署の人も来ていました。私がJICAの新人職員だった頃にお世話になっていた人たちが、JICAのNGO連携担当部門の部長や課長をされていて再会しました。国際協力業界は狭い世界なので、JICA、NGO、国連機関など、世界各地のいろんな組織に知った顔があります。久しぶりに国際協力業界の人たちに会って、若いころの事を思い出し、楽しいパーティーでした。

日々国会の院内の控え室にこもって国会対策に明け暮れていると、衆議院議員を志した初心・原点を忘れそうになります。NGO時代の古いなかまと会って話をしていると、「何のために衆議院議員になったのか」を思い出させてくれます。衆議院議員をめざした原点を忘れることなく、目の前の具体的な問題にひとつひとつ取り組んでいきたいと思います。

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