ケネディ政権のキューバ危機:失敗と成功【超予測力3】

書評の「超予測力」ブログの最後です。ケネディ政権では、最悪の失敗も、最高の成功もキューバに関係がありました。ケネディ政権の最大の汚点はいわゆるピッグス湾事件です。1961年にCIAが亡命キューバ人を訓練して、フィデル・カストロ政権を打倒するため、ピッグズ湾に侵攻させた事件です。

侵攻作戦の訓練時点でニューヨーク・タイムズ一面に記事が掲載されました。秘密でも何でもないかたちで、軍事作戦が準備されました。当然ながらキューバ側も気づきます。ピッグス湾に準備万端のキューバ軍が待ち構えるなか、侵攻作戦が発動され、亡命キューバ人部隊の兵士はほとんどが殺害されるか捕虜になりました。米国史上もっとも愚かな軍事作戦のひとつです。

楽観的すぎる予測、機密保全の不徹底、不測の事態への対処策の欠如など、失敗した理由はたくさんありました。この失敗の結果として、中南米諸国で反米感情が高まり、世界中で反米デモが起こり、同盟国の米国への信頼はゆらぎました。国内ではリベラル派はケネディ大統領に失望し、保守派はケネディ政権の愚かさをあざ笑いました。

ピッグス湾事件の最大のインパクトは、ソ連のキューバ関与を増大させたことです。ソ連は密かに核ミサイルをキューバを持ち込むことを決め、翌年のキューバ危機の原因をつくってしまいました。

他方、ケネディ政権の政策判断の成功例とされるのが、核戦争を防いだキューバ危機対応でした。*蛇足ながら、昨年の私のブログでキューバ危機の対応について書いたことがありますが、そちらもご覧いただければさいわいです。

*ご参考:2020年1月14日付ブログ
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ケネディ大統領の側近チームは、ピッグズ湾事件の失敗から教訓を学び、意思決定のあり方を抜本的に見直しました。ピッグス湾の時とまったく同じメンバーのチームですが、議論の進め方や意思決定プロセスを大幅に軌道修正しました。ピッグス湾で大失態を犯したチームが、核ミサイル危機では大成功をおさめました。

ケネディ・チームはピッグス湾事件後に「グループシンク(groupthink)」の罠を避けることに全力をあげました。グループシンクの弊害は、小さな結束力の強い集団に所属するメンバーは「集団的精神」を保持する傾向があり、無意識のうちに多くの幻想や規範を共有し、それが批判駅思考やエビデンスに基づく検証の妨げることにあります。

ケネディ大統領は、居心地のよい全会一致主義が根本原因だと考えました。メンバーは「懐疑的姿勢」を持つように促され、担当分野のスペシャリストとしてだけでなく、ゼネラリストとして発言することを求められました。そして疑問があれば、何でも発言することが奨励されました。

弟のロバート・ケネディ司法長官は、意図的にあまのじゃくのように振るまい、あえてぶしつけな質問や鋭い質問をして、あらゆる論点を掘り下げました。他のメンバーが大統領に遠慮するなかでも、実弟のロバート・ケネディは遠慮なく大統領にものが言える立場でした。

ケネディのチームでは自由な議論の妨げとなるため、礼儀作法や上下関係は気にしないことを徹底しました。側近チームに徹底的に議論させるために、ケネディ大統領がわざと席を外すこともありました。大統領がその場にいると忌憚のない議論ができなくなることをケネディ大統領はよくわかっていました。

ケネディ大統領自身はキューバのソ連のミサイル発射装置への先制攻撃はやむを得ないという危機感を持っていました。しかし、自分の考えがチームの議論に影響を与えないように、誰にも言いませんでした。その結果、側近チームでは10の選択肢が徹底的に議論され、ケネディ大統領自身も考え方を改めました。このプロセスのおかげで核戦争ではなく、交渉による平和がもたらされました。

ケネディ政権の2つの事例は、同じチームが愚かにも賢明にもなれることを示しています。グループシンクの罠にはまって失態を演じる可能性もある一方で、チーム内で徹底的かつ自由に議論することで賢明な判断を下せることもあります。テトロック教授は集団力学(グループ・ダイナミクス)に関する知見から次のように言います。

グループシンクは危険である。協力するのは良いが、迎合してはならない。意見の一致が常に好ましく、不一致が常に悪いとは限らない。意見が一致した場合でも、それ自体が正しさの裏づけにはならないことを理解しよう。疑問を持ち続けよう。身体にビタミンが欠かせないように、鋭い質問はチームに欠かせない。

一方、グループシンクの逆、つまり集団内のいがみ合いや機能不全もまた危険である。チームメンバーは互いに不愉快な思いをさせることなく、反対意見を述べなければならない。インテルの元CEOのアンディ・グローブの言う「建設的対立」を実践しよう。

こうしてグループシンクの罠を避けつつ、自由な議論、建設的な意見対立、徹底的な検証ができるチームを結成することで、「超予測力」をさらに伸ばすことができます。超予測者が単独で予測するよりも、複数の超予測者がチームを組んで予測した方が、より予測の精度が上がることが確認されました。

多様な意見を取り入れ、自己批判的かつ柔軟な思考ができる超予測者は、グループになるとさらにパフォーマンスが改善します。外交安全保障分野では超予測力は重要です。政府としても、超予測者を育てる研修や人事制度、超予測者のチームをつくる組織マネジメント、超予測力を政策決定にいかせるプロセスづくりに力を入れるべきだと思います。

*参考文献:フィリップ・E・テトロック、ダン・ガードナー 2016年「超予測力」早川書房