「新疆ウイグル自治区」(熊倉潤、中公新書)

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、2022年8月31日に新疆ウイグル自治区の人権侵害について報告し、世界の注目が集まっています。前々からウイグル人や新疆ウイグル自治区に興味があったこともあり、最近出た「新疆ウイグル自治区」(中公新書)を読みました。なお、著者の熊倉潤氏(法政大学准教授)は、中国とソ連の民族政策を専門にする学者です。

ウイグル人はチュルク系(トルコ系)民族でイスラム教を信仰するムスリムです。もともとのチュルク系民族はモンゴロイド系とされますが、新疆ウイグル自治区のある天山山脈周辺には紀元前からコーカソイド系(白人)が居住し、そういった人たちがチュルク化したり混血が進んだりして現在のウイグル人になりました。現在のウイグル人は、漢人とは雰囲気が異なり、白人に近い外見の人が多いようです(私は行ったことがないので、よくわかりませんが)。

中央アジアのウイグル人、カザフ人、ウズベク人、キルギス人はすべてチュルク系のイスラム教徒ですが、近代国家(ソ連や中国共産党政権)ができるまでは厳密な民族的な区別もなかったのかもしれません。「民族」という言葉や概念自体も近代の発明です。本来は厳密に区分できるものではないのだと思います。

新疆ウイグル自治区は「東トルキスタン」と呼ばれていたこともあります。「トルキスタン」ですから、文字通り「トルコ人の国」です。歴史的に中国に属していたわけではありません。前漢や唐の時代に漢人が浸出してきた時期があったにせよ、中国文化圏というわけではありません。清の乾隆帝の時代にやっと清朝の支配下に入りました。

清朝の領土だったから「中国固有の領土」と言えるかも本当はあやしいです。そのそも清朝は満州人(女真族)による征服王朝であり、漢人は支配された側です。満州人とモンゴル人は、遊牧民族、かつ、チベット仏教徒で共通点が多く、モンゴル人は清朝の同盟者的な立場でした。清朝皇帝はモンゴルの「ハン」を兼ね、モンゴル人はどちらかといえば支配者の側でした。さらにチベット仏教を信仰する清朝皇帝は、ダライ・ラマにきわめて丁重に接し、チベット文化は尊重されました。清朝は多民族・多文化の帝国だったといえるでしょう。

歴代中国王朝のなかで最大版図を誇った清朝時代に新疆ウイグル自治区は中国領に編入されました。清朝の時代にもイスラム教徒の反乱がありましたが、清朝時代は間接統治的な色彩が強く、イスラム教を否定されたり、漢語の使用を強制されることはあまりありませんでした(満州人が支配者なので当然です)。清朝末期には「新疆省」が設置され、漢人官僚が権力を持つようになり、漢字学習の強制等の同化政策がとられましたが、それほど強力なものではありませんでした。

中国共産党は、建国当初はウイグル人に一定の自治を認めていたものの、共産党支配が全国的に強固になると、新疆ウイグル自治区に住むウイグル人やカザフ人に対する締め付けを強化しました。中国共産党に協力的な少数民族エリートの養成に力を入れ、同化政策(漢化政策)を推し進めます。

新疆ウイグル自治区でも漢人地域(内地)でも土地改革が同じように進められました。地主の土地を取り上げるのは同じです。しかし、漢人地域と異なるのは、外部からやってきた漢人がウイグル人やカザフ人の土地を取り上げる点です。文化や言語の異なる異民族の侵略者がやってきたと受け取られ、大きな反発を招きました。また中国内地からやってきた漢人が商業や工業でも支配的な地位を占めました。ウイグル人はイスラム教やペルシア文字による高度な文化を持ち、漢語や漢字の押し付けへの抵抗感は強かったと思われます。

文化大革命でも新疆ウイグル自治区は大きな打撃を受けました。さらに中ソ対立のあおりで国境が閉鎖され、国境を超えた行き来の多かったカザフスタンやキルギスタンとも交流を一時的に絶たれます。交易で栄えた地域で交易ができないのは痛手です。その後、ソ連崩壊後に国境が再び開かれ、貿易が盛んになり、隣国との人の行き来も増えます。ソ連崩壊にともなってカザフスタンやキルギスタン、ウズベキスタンといったチュルク系民族の国家が誕生するなか、ウイグル人のなかにも「自分たちの国を持ちたい」と思う人が出てきます。

新疆ウイグル自治区は中国のなかで貧しい地域に入り、それも中央政府に対する不満につながったかもしれません。しかし、それ以上にウイグル人の反発を招いたのは、中国政府のひとりっ子政策による産児制限でした。もちろん漢人も産児制限を受けるのですが、漢人支配者が漢人に産児制限を命じるのと、漢人支配者がウイグル人に産児制限を命じるのとではまったく意味合いが変わります。熊倉氏は次のように指摘します。

社会が漢人ばかりになり、ムスリムとしての生き方が政府の介入を受けるほうが、よほど重大な問題であった。とくにムスリムの観点に立てば、お腹の子は堕すことは、神の意志に背く殺人に等しかった、それを異教徒の漢人に命じられたのであれば、その異教徒を討たずにはいられなかった。このような考えを持つに至った敬虔なムスリムと中国共産党政権のあいだには、すでに修復しがたい認識のズレが生じていた。

中国共産党政権の観点に立てば、ひとりっ子政策で漢人は一人しか子どもを持てないのに、少数民族は第二子まで認められます。そこで共産党指導部は、「ウイグル人のような少数民族は漢人より優遇している」と考えるのかもしれません。

しかし、ウイグル人の観点に立てば、余計なお世話であり、神の意思への冒涜です。地上の権力よりも、神を恐れる人々とっては、許しがたい介入です。私もかつてインドネシアとアフガニスタンというイスラム教国に住んでイスラム教徒と接した経験からウイグル人がどう感じるか何となくわかる気がします。

中国の外交政策でよくある誤り(米国の外交政策でもよくある誤り)は、「相手も自分と同じように考えるだろう」という思い込みです。エドワード・ルトワック氏(米国の軍事戦略家)は、中国の外交政策は春秋戦国時代の中華文明圏内部の外交をモデルにしがちだといいます。中華文明圏内の同質的な文化の国同士の外交と現代の国際政治はまったく異なります。さらに中国には朝貢外交の伝統があり、「蛮族に恩恵を与えてやる」という上から目線の外交を行うことを好みます(ルトワック氏の指摘)。中国はアフリカや中南米の小国の首脳でもよろこんで国家主席や首相が会います(*米国の大統領は小国の首脳にはめったに会いません。国務省の担当局長や次官等が対応します。)。そして小国の首脳が国家主席と会談する映像を中国国営メディアはよろこんで放送します。「中国の皇帝(=国家主席)の徳を慕って、蛮族の首長がやってきた」という感じの画像をテレビでたびたび流します。その見返りの経済協力は、いわば「現代の朝貢」のようなものです。同じ発想で新疆ウイグル自治区や内モンゴル自治区の少数民族に接しているのでしょう。

中国政府は大学進学等で少数民族を優遇し、「アファーマティブ・アクション」的な政策をとっています。それに対する漢人の若者の不満もあります。しかし、新疆ウイグル自治区のウイグル人やカザフ人にしてみれば、「アファーマティブ・アクション」なんかいらないので、カザフスタンやウズベキスタンのように自分たちも独立したいと考えても不思議ではありません。ウイグル人はだいたい1300万人くらいといわれています。それくらいの人口規模の国連加盟国はいくらでもあります。もっと小さい国もたくさんあります。高度な文明を誇り、イスラム教を通じて中央アジアや中近東とつながっているウイグル人にとって、文化的に異質な中国人に支配されるのは幸福ではないかもしれません。

また欧米諸国の人権団体が、中国政府のウイグル人への人権侵害を指して「ジェノサイド」だと批判しています。私は「ナチスのユダヤ人虐殺に比べれば、『ジェノサイド』とまでは言えないのではないか」と思っていました。しかし、国連で1948年に採択された「ジェノサイド条約(集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約)」では、ジェノサイドの定義として殺人のほかに「集団内における出生を防止することを意図する措置を課すこと」という項目が含まれます。ウイグル人に対する強制的な産児制限がこの項目にあたると考えれば、「ジェノサイド」との批判は間違いではありません。なぜ欧米の人権団体がそこまで怒っているのかを、この本を読んでようやく理解できました。

これまで中国政府はひとりっ子政策や同化政策に対するウイグル人の不満を経済発展で解消しようとしてきました。これも「相手も自分と同じように考えるだろう」という思い込みです。漢人に関しては、経済発展により不満を抑え、中国共産党政権への支持を固めることは可能だったかもしれません。しかし、ウイグル人に関しては、経済が発展すればそれでよい、というものではありません。それが中国共産党には理解できないのでしょう。

中国共産党はあくまでウイグル人に自分たちの考えや制度を押しつけようと強引な手法をとっています。その顕著な例は「職業技能教育訓練センター」での収容です。無害そうな名称ですが、やっていることは思想的な洗脳と強制労働、そして拷問や虐待です。ふつうの職業訓練センターは鉄条網で囲まれていないし、監視塔が立っていませんが、ウイグル人を収容する職業訓練センターは監獄のような外見です。そこでウイグル人への中国語教育として「私は中華人民共和国を愛する」とか「私は中国共産党を愛する」といったフレーズを復唱させ、漢語教育と思想教育を行っています。自由な社会に住んでいる私たちから見れば、そんなやり方は反発を招くだけだと思いますが、中国共産党は効果があると信じているのでしょう。1千万人を超えるウイグル人がみんな洗脳されるとは思えません。むしろ反発してより強力な抵抗運動や抗議活動につながるように思えてなりません。

日本を含めて国際社会がやるべきことは、新疆ウイグル自治区の人権侵害や環境破壊について関心を持ち、中国政府の人権侵害をやめさせるよう働きかけ訴え続けていくことです。強制労働で栽培された綿花は、人権問題だけではなく、環境悪化にもつながっています。民間の企業や市民による不買運動も必要です。新疆ウイグル自治区の人権侵害については、まず知ること、そして行動すること(同地製の綿製品は買わない等)が大切です。まず「知るため」に熊倉潤氏の「新疆ウイグル自治区」はよくまとまった良書だと思います。お薦めです。

*参考:熊倉潤 2022年「新疆ウイグル自治区の人権侵害」中公新書