トランプ減税と経済危機対策

ノーベル経済学者のスティグリッツ教授の新著「プログレッシブ・キャピタリズム」で、トランプ大統領とレーガン大統領の大減税について書いているのが、おもしろいです。

レーガン大統領は、サプライサイド経済学(=新自由主義的な経済政策の基礎)により、規制緩和や減税により経済を自由化すれば、経済が活性化され、商品やサービスの供給が増え、それにより個人の所得も増えると主張しました。

その線に沿って1981年にレーガン大統領は大減税を行いましたが、莫大な財政赤字、成長の鈍化、格差の拡大を招きました。レーガン大統領は冷戦を終わらせた功績が大きく、好意的な印象に残っていますが、経済政策はダメでした。

レーガン大統領は、社会保障制度を悪用して給付金をだまし取る「ウェルフェア・クイーン」というイメージを攻撃し、ポピュリズム的な手法で人気取りに走った点などは罪深いです。ここでいう「ウェルフェア・クイーン」は黒人女性をイメージさせ、人種差別を助長する意味で二重に罪深かったと思います。レーガン政権が米国の格差拡大を招いた点は見過ごせません。

おそらくトランプ大統領は、同じ共和党のレーガン大統領を意識した政策やイメージを打ち出しているように見えます。トランプ大統領は、大企業や富裕層は大減税、中間層は増税という税制改悪を2017年に行いました。トランプ政権の減税は、レーガン政権以上の大減税でした。

トランプ減税の結果は、政府の大赤字です。国の借金は増える一方で、インフラ投資や教育、医療などの支出は削減されました。確かに景気はよくなりましたが、格差を拡大するいびつな経済成長です。中間層や低所得層には恩恵のない減税だったと言えます。

スティグリッツ教授は次のように言います。

サプライサイド経済学は、規制緩和による自由化、および減税による活性化により経済は成長するという前提に基づいている。だが実際には、レーガン政権の改革後、成長は鈍化した。(中略)減税も、サプライサイド経済学支持者が主張するほどの経済活性効果をもたらさなかった。

格差拡大を防ぐには、税と社会保障による所得の再分配が必要です。再分配するためには、まず税を徴収しなくてはいけません。減税というのは、税収減であり、再分配の原資を減らすことを意味します。

共和党は伝統的に減税と小さな政府を志向してきたので、トランプ減税は当然といえば当然です。他方、民主党は伝統的に社会保障の充実や格差是正を志向するので、法人税や金融課税の増税をめざします。

保守政党が減税と小さな政府を志向し、リベラル政党(社会民主主義政党)が増税と大きな政府(充実した社会保障)を志向するのは、日本以外では世界の常識です。日本ではなぜかリベラル派でも減税志向が強く、リベラル派まで小さな政府をめざしているようです。

スティグリッツ教授は、米国の経済力をもってすれば、格差拡大を防ぎ、みんなが豊かさを分かち合うことが可能だと言います。経済成長に役立つのは、減税よりも、次のような政府の介入だと主張します。

政府が介入すれば、市民全体の生活を向上させられる。そのためには、以下の4つの政策が必要になる。第1に、経済のルールを公平化し、労働者に不利にならないようにする。(中略)労働者の交渉力を高め、企業の独占力を弱めれば、格差の少ない効率的な経済が生まれる。第2に、テクノロジーの進歩の果実が広く共有されるような知的財産権制度を設計する。進歩の大半は、政府が資金提供した基礎研究を土台にしていることを忘れてはならない。第3に、累進税や財政政策により所得の再分配を支援する。そして第4に、政府が、製造業中心の経済からサービス業中心の経済へと、経済の再編を支援する。(中略)医療や教育など、拡大するサービス業の多くの分野では、政府の財政がきわめて重要な役割を果たしている。高齢者や病人、障害者の世話、あるいは子どもの教育のために、政府がより多くの労働者を雇い、その人たちに妥当な賃金を支払えば、それが経済全体の賃金を押し上げることになる。

経済は悪化しつつあります。昨年秋の消費税増税から景気が悪化していました。ここへきてコロナ問題でさらに悪化しています。リーマンショックから12年がたって景気循環論の観点からも経済の先行きがあやしくなっていたところに、コロナショックがやってきた感じです。

トランプ政権の減税による好景気も一時的なものであり、財政悪化は長期的には米国の経済力を蝕むことは明らかです。日本でもアベノミクスの異次元の金融緩和で都市部の不動産のプチバブル化が進んでおり、そろそろ危ういタイミングだったと思います。

観光業、飲食業、運輸業をはじめさまざまな職種がコロナ危機で打撃を受けています。思い切った経済対策が必要ですが、その際に重要なのは「困った人をダイレクトに支援する」ことだと私は思います。

公務員や大企業のサラリーマンの多くはそれほど影響を受けていないので、そういう人にまで一律の現金を給付するのは問題だと思います。困っている業種、子育て世帯、非正規雇用の労働者、低所得者、低年金者などにターゲットを絞って重点的に支援する必要があります。

おそらく高所得者は銀行口座に10万円振り込まれたところで、さほど消費を増やさないと思います。しかし、低所得者ほど消費性向(受け取ったお金のうち消費に回る割合)が高いため、給付すればそのまま消費活性化につながります。「すべての人」を対象にするより、「困っている人」だけを対象にする支援策を中心にすべきだと思います。また、地域振興券のように、使用期限がある商品券にすれば、貯蓄に回らず、消費につながるのでよいと思います。

目の前の経済危機対策に即効性があり、かつ、危機が去った後にすぐやめられる支援策が重要だと思います。目の前の経済危機と将来の財政危機の両方を見すえた対策が求められます。

*参考文献:ジョセフ・E・スティグリッツ 2020年「スティグリッツ プログレッシブ・キャピタリズム」東洋経済新報社