データでふり返るアベノミクス

長かった安倍政権のアベノミクスの成果については、評価する人の立場や価値観によりさまざまな意見があります。菅政権はアベノミクスの継承を宣言しています。「本当にアベノミクスの継続でいいのか?」という点を考えるには、データでふり返ることが大切だと思います。

当然ながら株価上昇で潤った富裕層や大企業経営者は、アベノミクスを評価するでしょう。証券会社のエコノミストは「株の売買をする企業の利害」という色眼鏡がかかっていますが、アベノミクスを評価する傾向が強いです。

安倍政権の円安誘導政策や法人税減税、非正規雇用の拡大で潤った輸出企業をはじめ経団連所属の大企業もアベノミクスを評価するでしょう。何の企業努力をしなくても、円安で増益になった輸出企業は「アベノミクス万歳!」だと思います。

また、円安のおかげでインバウンド観光客が増えた業界もアベノミクスを評価するでしょう。韓国の対日感情悪化で観光客が減少し、追い打ちをかけるようなコロナでインバウンド需要が消滅しましたが、それ以前はアベノミクスで潤っていました。

他方、円安は、海外旅行や海外留学には不利です。円安で輸入品の物価が上昇したため、円安は消費者の利益には反します。アベノミクスの円安誘導で不利益をこうむった人も多いです。

アベノミクスの評価はさまざまですが、客観データを見てみます。

1.GDP(名目/実質)

名目GDP: 494兆9,572億円(2012年) ⇒ 553兆円7,599億円(2019年)

実質GDP: 498兆8,032億円(2012年)⇒ 535兆9,368億円(2019年)

2016年12月に内閣府がGDPの算定方法を改訂し、研究開発費等を参入することにしました。それだけでGDPが3%程度の上積みになります。そういった効果を割り引くと、このデータよりGDP増加はだいぶ少なくなります。

とりわけ実質でみたGDP増加率はきわめて低水準といえます。同じ時期の米国や欧州の先進国の経済成長率と比べると低い成長率です。安倍政権の期間中はゆるやかに経済が成長したのは事実ですが、世界経済が順調に拡大した時期だったにも関わらず、他の先進国に比べて低成長でした。

なお、潜在成長率は、安倍政権成立前とコロナ期前でほとんど変化がありません。成長戦略の「第三の矢」は不発でした。世間では「野党は成長戦略がない」と批判する識者が多いですが、成長戦略があっても成長しなかった安倍政権をどう評価するのでしょうか。立憲民主党も自然エネルギーやベーシックサービス(医療、介護、子育て等)を軸とした成長戦略を用意していますが、そういうものはなぜか評価されません。

 

2.米ドル建てGDP

米ドル建てGDP :6兆2,018億ドル(2012年)⇒ 4兆9,564億ドル(2019年)

アベノミクスの円安誘導政策で、輸出企業は潤いましたが、輸入物価の値上がりと購買力の低下で消費者(生活者)にとってはマイナスの影響が大きかったことは明らかです。

世界で経済規模の比較をするときは、日本円や中国元ではなく、米国ドルで比較するのが普通です。ドル建ての経済規模は、約6.2兆ドルから約5兆ドルへの縮小しています。国際社会における日本の経済的プレゼンスは大幅に縮小しました。驚くべきことですが、あんまり報道されません。

 

3.一人当たりGDP(米国ドル建て)

一人当たりGDP:48,597ドル(11位/2012年)⇒ 39,182ドル(20位/2018年)

一人当たりGDPの減少も深刻な問題です。一人当たりGDPをドル建てで見れば、アベノミクスで日本はむしろ貧しくなりました。また、輸入品の物価が上がっているので、日本国民の購買力は弱くなりました。

最近見たテレビのニュース報道によれば、2019年の最新の各国の賃金ランキングで、日本は24位にまで落ち込みました。韓国は19位、スロベニアが20位など、いつの間にか賃金水準が大幅に下がっています。

日韓関係の悪化とコロナ禍の前は、韓国の大勢の若者が日本に観光に来ていましたが、デフレで日本の物価が下がり、韓国の賃金水準が日本を抜いたので、「日本に旅行するのは安上がり」という事情が大きかったと思います。

元JICA職員の私にとっては、円安は「実際に現地で使える予算の減少」を思い出させます。たとえば、現地で予算額1千万円のプロジェクトを実施する場合、1ドル=80円では12万5千ドルですが、1ドル=120円だと8万3千ドルです。大幅な予算削減と同じことです。

円安は、海外旅行や海外留学のときにも大きな痛手です。円安だと留学先の学費と生活費が高くつくので、留学意欲に水を差すことになるのは必然です。物価の安いフィリピンへ英語留学などというプランが人気のようです。

私がフィリピンの大学に留学した90年代中盤は1ドル=80円近くだった時期で、フィリピンに英語を勉強しに来る日本人留学生なんてほとんどいませんでした。フィリピン留学組の日本人は、だいたいストリートチルドレンとか、途上国の貧困問題とか、熱帯雨林の保護とかに関心のある若者でした。時代は変わりました。

 

4.実質賃金指数

平成24年 104.5 ⇒ 令和元年 99.9  (*平成27年=100)

アベノミクスは円安で物価上昇を招いた一方、賃金は上がらなかったので、実質賃金は下がっています。平均的な労働者の実質賃金が下がっているのに、豊かになっている実感が持てるはずがありません。

 

5.国の長期債務残高

平成24年度 731兆円 ⇒ 令和2年度見込み 993兆円

実際にはもう1000兆円を超えています。国の借金が増えたのは間違いありません。安倍政権ではなくても国の借金は増えていたでしょうが、それでも安倍政権下で財政再建が進まなかった事実は残ります。

 

6.公共事業費

平成24年度 4.6兆円 ⇒ 令和2年度 6.9兆円

アベノミクスの2本目の柱が財政出動だったので、公共事業費が増加したことは驚くに値しません。しかし、その公共事業費が経済成長や福祉増進につながったか否かが重要です。経済成長につながらなかったことは明らかです。防災インフラや省エネ投資などは必要ですが、今さら新幹線や高速道路をどんどん作っても経済は成長せず、借金が増えるだけです。経済インフラの整備にお金をかけすぎたと思います。

BNPパリバ証券の河野龍太郎氏は「極端な財政出動などが経済の資源配分をゆがめ、生産性を落とした」と言います。財政出動による公共事業のばらまきは、借金と維持管理費の負担増になり、将来世代にツケを残します。公共事業に投資しても経済が成長しないことは1990年代の経験から明らかです。

アベノミクスが成功したとは思えません。経済成長至上主義でやってきたのに、経済成長を実現できなかったのがアベノミクスだと思います。それを継承する菅政権の経済政策も期待できないと思います。