政治が気にかけるべきは株価より幸福度とジニ係数

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安倍前総理は政権運営にあたって株価や経済成長率をとても気にしていました。アベノミクスには「経済成長至上主義」という批判もありました(その割には経済成長率は高くありませんでしたが)。

しかし、一国の宰相、内閣総理大臣が気にすべきは、株価や経済成長率、GDPの規模ではなく、ジニ係数や「世界幸福度調査」の指標だと私は思います。

言うまでもありませんが、経済成長は「手段」であって「目的」ではありません。アベノミクスは株価とGDP増加がそれ自体で「目的」になり、その結果として格差が広がり、国民の幸福度の向上にあまり貢献しなかったと思います。

国際連合の「持続可能な開発ソリューションネットワーク」が実施している「世界幸福度調査」で見ても日本人の幸福度は高くありません。2020年の日本の順位は64位でした。2010年代前半は40位台でしたが、徐々に下がっています。日本はG7のなかで最下位です。主要先進国のなかでもっとも不幸な国とも言えます。自殺率も高い方です。国民が幸福を感じられないのは、政治に責任があります。

世界幸福度ランキングは、1位フィンランド、2位デンマーク、3位ノルウェー、4位アイスランド、5位オランダと北欧諸国が上位を独占しています。

高福祉高負担の北欧諸国の幸福度が高いことは示唆的です。低福祉低負担の「小さな政府」よりも高福祉高負担の「大きな政府」の方が、国民が安心して暮らせて、幸せを感じやすいということだと思います。

橘木俊詔氏(京都女子大学客員教授、元京都大学教授)は次のように述べます。

特に幸福度が高いのは、フィンランド、デンマーク、ノルウェーなどの北欧諸国である。これらの国は福祉国家として有名であり、福祉制度、社会保障制度の充実ぶりが人々に安心感を与えており、それを高く評価していると考えてよい。重要なことは、北欧諸国については、福祉の充実は国民に多額の税・社会保険料の負担を強いるが、国民は負担はしてもそれへの見返りが大きいと、政府を信頼しているのである。

負担に見合う見返りを実感できないのが日本の問題です。まずはベーシックサービス(医療、介護、障がい者福祉、保育、教育など)を充実させて、所得に関係なく誰もがベーシックサービスに平等にアクセスできる仕組みを作ることが、安心につながって幸福度を高めると思います。

安倍総理や菅総理が経済成長をめざしていますが、実は「どうすれば経済が成長するのか?」はいまだにわかっていません。長年の経済学者の研究でもわかっていません。と言うより「わからないことが、わかっている」と言えます。

私は学生時代に「開発経済学」を勉強して、東南アジアの経済発展が専門の指導教授のもとで卒論を書きました。「どうすれば経済が成長するのか?」あるいは「どうすれば貧困がなくなるのか?」について18歳の頃から勉強してきましたが、よくわかりません。

しかし、発展途上国の貧困を解消するには、教育や保健医療の充実が優先課題だと思って、大学院では教育政策専攻に転向しました(もっとも教育経済学も勉強したので完全に転向したわけでもありません)。

ノーベル経済学賞を20219年に受賞したアビジット・V・バナジー教授(MIT)、エステル・デュフロ教授(MIT)は著書のなかで次のように指摘します。

不幸なことだが、経済学者はなぜ成長するのかをわかっていないうえに、なぜ停滞する国としない国があるのか(韓国は成長し続けているのになぜメキシコはそうでないのか)も理解しておらず、停滞からどう脱け出すかもはっきりわかっていないのである。ただ一つ言えるのは、インドのような国や成長鈍化に直面している国にとって、遮二無二高度成長の維持を試みるのは非常に危険だということである。

日本も「失われた二十年」がいつの間にか「失われた三十年」になったことから明らかなように、「どうすれば日本経済が成長するのか?」あるいは「どうすれば日本経済が停滞を脱け出せるのか?」は誰にもわかりません。いろんな人がいろんな処方箋を書いてきましたが、成功したとは言いがたいでしょう。

アベノミクスでは異次元の金融緩和という「需要の先食い」政策でバブル的な景気対策を行いましたが、さほど効果はなかったと思います。ドル建ての経済規模が大幅に縮小して日本は貧しくなりました。一部の富裕層が潤う一方で、低所得層は増えて、二極化が進んだことは明らかです。

また特定の産業にテコ入れする「産業政策」は、以前から経済学者の間で評判が悪いのですが、安倍政権は原発輸出やインフラ輸出、クールジャパンのソフト産業支援などの産業政策に力を入れてきました。アビジット、エステルの両氏は次のように言います。

国家主導で行われた投資の過去の成績は、ひどくお粗末なのである。たとえ誰かお友だちや既得権団体を依怙贔屓しない場合であっても判断ミスが多いうえ、依怙贔屓が横行しているのだからなおさらだ。市場の失敗があるのと同じで、政府の失敗も大ありである。したがって、政府が選ぶ「次世代の有望産業」といったものを鵜呑みにするのはじつに危険と言わねばならない。

アベノミクスの産業政策の失敗や「政商」的なお友だち企業家と安倍・菅総理との関係を書いているようにも見えますが、世界で通用する一般論として書かれています。依怙贔屓の特定企業優遇政策が、うまく行くはずがありません。

戦後日本の傾斜生産方式(石炭と鉄鋼に資源を重点配分)は数少ない成功例ですが、戦時中の破壊でベースラインが低かったので、低い水準の経済を引き上げるのは簡単でした。現在の日本経済のように成熟した経済を引き上げる方法は、簡単には見つかりません。そこでアビジットとエステルの両氏は次のように言います。

ただし心強いのは、どうすれば経済成長を実現できるかはわかっていないが、教育や医療をより良くする方法はわかっていることだ。明確に定義された政策の良い点は、計測可能な目標が定まっており、したがって直接的に評価できることである。実験を行ってうまくいかない政策を排除し、有望な政策を強化することも可能だ。

最近の流行は「〇〇産業振興議員連盟」をつくることみたいですが、特定産業の振興はあまり効果がありません。むしろ公教育や大学教育、基礎研究に公的投資を増やして、産業振興の基盤となる人材と知識を強化することが大切です。教育と医療を良くする方法はわかっているので、わかっていることを着実に実行することを優先すべきです。

また、ベーシックサービスのなかでも保育や介護といったケアワークを充実させ、女性が働きやすい環境を整備したり、介護離職しなくて済む環境を整えたりといったことが、経済の停滞を脱する一助になるかもしれません。保育や介護の充実は不安を解消して幸福度をアップすることにつながるので、それ自体で価値があります。

総理大臣が気にするべきは、株価や経済成長率ではなく、幸福度や貧困や格差を示す「ジニ係数」だと思います。「経済成長は、目的ではなく、手段である」という点を忘れることなく、国民の不幸や不安の原因をひとつひとつ取り除き、格差と貧困のない社会をめざしていくことが為政者の務めだと私は思います。

*参考文献:

橘木俊詔 2021年「日本の構造:50の統計データで読む国のかたち」講談社現代新書

アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ 2020年「絶望を希望に変える経済学」日経BP

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