教育を考えるシリーズ(4):道徳教育、職業教育

教育を考えるシリーズの第4弾です。朝日新書「リベラルは死なない」からの抜粋です。

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道徳教育よりシチズンシップ教育や人権教育

安倍政権の「教育再生」の特徴のひとつは、道徳教育の教科化や愛国心教育のように右派イデオロギー色の強い改革を好む点である。

「再生」という言葉の背後には「過去のある時期の教育はよかったが、それがダメになっているから、もう一度よかった頃の教育に戻さなくてはならない」という含意がある。そして「戦後レジームからの脱却」を訴える安倍総理にとっては、「戦前のある時期の教育」こそが立ち返り「再生」すべき教育なのだろう。戦前の修身教育や教育勅語を信奉する「保守派」が安倍総理の周辺で「教育再生」を主導してきたことを見ても、そのことは明らかだ。

国家が特定の価値観(道徳)を「これが正しい」と定め、公教育ですべての子どもに内面化させる教育がはたして許されるのだろうか。多様な価値観を認め自由な社会をめざす立場からは、このような道徳教育は許されない。

欧米の先進民主主義国では、学校教育の役割は知識や技能の習得と考えられ、「心の教育」は家庭や宗教の役割とみなされている。そのため「国家が公教育を通して道徳を子どもに植えつける」という発想は他の先進国ではほとんどみられない。

道徳教育で「このようにふるまいましょう」や「これが正しい生き方です」といった教え方をすると、その「正しい道徳観」の鋳型から逸脱した人は攻撃してよいのだというマインドを生み、排除を引き起こす。愛国心を無理やり教えこもうとすると、必然的に副作用で排外的なナショナリズムを生む。

安倍総理が好む道徳教育と、社会の一員として「責任ある市民」を育てるシチズンシップ教育、あるいは人権教育とをきちんと区別したうえで、後者をより積極的に公教育として位置づけていくべきである。

ここで子どもたちが目標とすべきは「何が正しいかを自律的に判断し、選択できるようになる」ことであり、自分で適切に判断・選択できるようにするための教育が望ましい。国家に従順な国民を育てるのではなく、健全な批判的精神を持ち、他者の人格や価値観を尊重できる市民を育てる教育こそがいま求められている。

くわえて、他の文化や宗教、障がい者、マイノリティへの理解など、異なる他者と共生していくため知識や行動様式を学び、多様性に対する寛容さを育むことも公教育の目標のひとつとすべきである。

 

職業教育・職業訓練の充実

日本は職業教育・職業訓練の公的支出も少ない。終身雇用の正社員が前提の時代であれば、企業内訓練(OJT)による人材育成で対応できたかもしれない。しかし、非正規雇用が増え、雇用が流動化するなかで、企業内の人材育成に頼れない事態が生じている。政府が、職業教育・職業訓練に力を入れざるを得ない状況になっている。

また、技術革新のペースが早くなり、学校で学んだ知識もすぐに陳腐化するため、どんな職業に就くにしても、人生の途中でさまざまな教育や訓練を柔軟に受けられるようにする必要がある。

いわば「学び直し」の機会を用意することは、生産性を高める上で有益であり、政府の重要な役割である。求職者が職業訓練を受けている期間の生活保障も含め、公的な職業訓練支出を増やし、政府の役割を拡大する必要がある。

生涯学び続けられる社会の実現には、いったん社会に出た後に再教育・再訓練を受けられる教育インフラが必要になる。前述の通り日本の大学は社会人入学の割合が先進国最低であるから、大学をはじめ、いつでも学び直せる場所(専門学校、図書館、通信教育等)を整備することが重要になる。

具体的には、再教育・再訓練にかかる公的助成を強化し、「職業訓練バウチャー」などを導入し、民間の職業訓練機関や大学、専門学校などを利用しやすい条件を整備し、社会人のスキルアップを支援していくのである。

さらには、農業高校や工業高校、福祉高校などの専門高校(旧称「職業高校」)の価値を再評価し、普通高校も含めた高校段階の職業教育の拡充も提案したい。

不安定な非正規雇用が激増し、正規雇用でも「ブラック企業」とよばれるような企業では働かせる側が圧倒的な力をもち理不尽な要求を労働者に突きつけ、違法な働かせかたをしていることも多い。

働く側が、企業の言いなりに使いまわされるのではなく、法律や交渉を通じて適切な働き方(ディーセントワーク)を実現できるよう、社会に出る前に労働者としての権利や法律の基礎を知っておくことが重要である。労働市場に入る前の若者をエンパワーすることも高校教育の使命として位置づけていくのである。

普通高校にくらべて、実習をともなう専門高校は一人当たりの経費がかかるため、これまで日本では専門高校の数が少なかった。OECD加盟国の平均をみると高校生(後期中等教育)のほぼ半分が職業高校に通っているが、日本では約4分の1の高校生が専門高校に通っているに過ぎない。

普通教育コースの高校生の割合が高いOECD加盟国は、韓国、メキシコ、ハンガリー等、比較的経済発展が遅れた国である。高所得国ほど職業高校に通う生徒の割合が高く、ビジネス(日本でいう商業科)や社会福祉、工業、建設等の職業高校に在籍する学生が多い。

高校卒業後すぐに就職する普通高校を卒業生よりも、専門高校の卒業生の方が、ニートや非正規雇用になりにくいことがわかっている。専門学校や専修学校の職業教育の充実は、非正規雇用を増やさないためにも重要である。

また、高学歴の若者が東京等の都会に流出する傾向が強い一方、地方に残って地域を支えている若者の多くが非大卒の労働者(建設業、農林水産業、バスの運転手、介護士、飲食店従業員等)であることを考えれば、大学教育以外の職業高校、専門学校、専修学校などで「手に職をつける」教育を支えることは地域を支えることにつながるだろう。

*ご参考:井手英策編著 2019年「リベラルは死なない」朝日新書

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