米国リベラルの退潮と再生

タイトルにひかれ、コロンビア大学歴史学部の政治哲学者のマーク・リラ教授の「リベラル再生宣言」という本を読みました。日本でも「アンチ・リベラル」の風潮が強まり、「リベラル」という言葉はすっかり魅力のない言葉になっています。アメリカでも同様でリベラル勢力の退潮は著しく、その底はトランプ現象だったのかもしれません。この前の中間選挙はリベラル勢力が少し反撃を始めたという程度でしょうか。

この本は「リベラル再生に向けて何をすればよいのか」という視点で書かれています。過去数十年のリベラルが過度に「アイデンティティ政治」に力を入れ、多くの人の共感を得る主張をしてこなかった点を反省すべきだと著者はいいます。リベラルな政党(アメリカ民主党)は、黒人の権利、女性の権利、LGBTの権利、人工中絶の権利など、さまざまな権利の保護や差別といった個別的な政治運動に力を入れる一方で、ふつうの人たちが共感しやすいテーマを軽視した傾向があったと著者は見立てます。

リベラルの政治は「私たち」という感覚がなければ成り立たない。私たちは皆、同様に市民であり、お互いに助け合って生きているという感覚だ。リベラルがアメリカ人の心をつかみ、国を動かす大きな力になるには、ただ現在、共和党を支持している多くの「平均的アメリカ人」をおだてて虚栄心を満足させるだけでは不十分だ。アメリカという国をこれからどうしていくのかというビジョン、あらゆる立場のアメリカ人が共有できるビジョンを提示しなくてはいけない。リベラルがまず一市民であることが大事だ。私たちは、市民として市民に語りかけることを学び直さなくてはいけない。何を主張する時でも―たとえば、特定の集団の利益について主張する時でも―それが基本になる。どう主張すれば、多くの市民の賛同を得られるかを考えなくてはいけない。(中略)

今、私たちは、誰一人取り残されることのないようにするために団結しなくてはいけない。私たちは全員がアメリカ人であり、互いに助け合う存在だ。リベラリズムとは元来、そういう考え方である。

マーク・リラ教授のいう「あらゆる立場のアメリカ人が共有できるビジョンを提示しなくてはいけない」という指摘は、「アメリカ人」を「日本人」に替えれば、いまの立憲民主党にもあてはまります。立憲民主党は来年夏の参院選に向け「立憲ビジョン2019」の中身を議論していますが、さまざまな立場の人たちが共有できるビジョンをめざしたいと思います。

また、リベラル勢力は、自らの正しさを確信し、独りよがりになって、広く大衆に受け入れられる政策をおろそかにしてきたと著者はいいます。

民主政治で重要なのは、他人を説得することであって、自己を表現することではない。ただ、私はここにいる、私はこういう人間だ、受け入れろ、と言ったところで、周囲の人間は、あなたの頭を軽く叩いてなだめようとするか、あきれた顔をするかのどちらかだろう。まず、他人とすべてのことについて意見を一致させることなどできないと認めなくてはいけない。それが民主主義社会に生きる条件だ。

私が政策コミュニケーションユニットを提案したのも同じ問題意識が背景にあります。良いアイデアや良い政策を持っていても、国民を説得できなければ無意味です。他方、誤った政策でも、上手に国民を説得できれば、選挙に勝つことは可能です。良い政策を考え、それを丁寧に説明し、国民を説得することが、民主主義を再生する第一歩だと思います。

安倍政権の進める経済政策や外交政策がすぐれているとは思いません。金融緩和は破綻しつつあり、格差の拡大を助長し、一部の富裕層はより豊かになる一方で、ふつうの市民にとって暮らし向きは良くなっていません。経済が何となく調子よさそうに見えるのは、世界経済が調子が良いことの結果ですが、安倍政権は自らの成果だと喧伝し、その喧伝が一定の成果をあげています。また、北方領土交渉は二島返還でかたをつける方向のようですが、その他の外交はまったくうまく行っていません。ロシアを除く近隣国との外交は八方塞がりです。

安倍政権の「政策の質」が高いとは思いませんが、なぜか国民の高い支持を得ています。「政策の質」が支持率に直結するわけではないことは明らかです。安倍政権は何もやっていないときでも「やってる感」をうまく演出して、支持につなげています。

それに対して、野党も同じように「やってる感」を演出すべきだとは思いません。相手がずるいやり方で成功しているからといって、同じやり方を真似るべきではありません。立憲民主党は、実効性のある政策を国民にきちんと理解してもらい説得することで支持を獲得すべきだと思います。

そのためには「良い政策をつくっていれば、国民はわかってくれるはずだ」という独善的な態度はとらず、「どうすれば自分たちの政策を国民に理解してもらえるか」を考え、丁寧に説明し説得していくことが、政策コミュニケーションの使命です。ワンフレーズ・ポリティックスやポピュリズム政治ではなく、説得と納得の政治、熟議の政治をめざすために「政策コミュニケーション局」はがんばっています。

*参考文献:マーク・リラ 2018年「リベラル再生宣言」早川書房