ファシズムはどこからやってくるか【書評】(上):反知性主義とファシズム

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イェール大学のジェイソン・スタンリー教授(哲学)の「ファシズムはどこからやってくるか」という本がおもしろかったので、ご紹介させていただきます。

スタンリー氏は、ナチスの迫害から辛くも逃れて逃げてきたユダヤ系移民の子としてアメリカで生まれました。それだけにファシズムや人種差別への警戒感を強く持っています。

スタンリー氏によれば、トランプ大統領の選挙戦キャッチコピーの「アメリカ・ファースト」は、1920~30年代に移民排斥を訴えるリンドバーグなどの「親ファシズム感情」を表す標語として使われ始めたそうです。

トランプ大統領はメキシコ系やイスラム教徒の移民への排斥感情を隠しませんが、100年前の移民排斥運動と同じ状況の再現です。このような動きはアメリカだけではありません。ロシア、ハンガリー、ポーランド、インド、トルコ等で、独裁的指導者が民族国家を念頭に超国家主義的な動きを示し、スタンリー氏はそれを「ファシズム」という言葉で表します。「ファシズム」の定義はいろいろあるかもしれませんが、スタンリー氏はかなり広く捉えてこの言葉を使います。

そしてファシズムを特徴づける「ファシズムの10の柱」として次のものを挙げます。

ファシズムの10の柱
1.神話的過去
2.政治宣伝(プロパガンダ)
3.反知性主義(高等教育への攻撃)
4.非現実性(陰謀説)
5.階層構造(ヒエラルキー)
6.被害者意識
7.法と秩序
8.性的不安
9.ハートランド(保守的で伝統的な価値観が支配的な地域)への回帰
10.社会福祉の団結の解体

本書はこの10の項目ごとに1章を割りふり、ファシズムの起源や特徴について述べていきます。スタンリー氏はファシスト政治家が語るストーリーを次のように書きます。

ファシスト政治家は自分たちの「現在の展望」を裏づける神話的過去を創り出しながら共通の歴史観を破壊することで、自分たちの思想を正当化する。彼らは政治宣伝(プロパガンダ)で理想を語る言葉をねじ曲げ、反知性主義を推し進めて自分たちの考え方に楯突く恐れのある大学と教育システムを攻撃することで、人々の現実についての共通認識を書き換える。ファシスト政治は最終的に、これらの技術を用いて陰謀説と偽ニュース(フェイクニュース)が冷静な議論に取って代わる非現実的な虚構の国を創り出していく。

現実についての共通認識が崩れていくうちに、ファシスト政治は有害な誤った考えが根を下ろす場所をこしらえていく。ファシズムは「集団によって優劣があること」に慣れさせ、それによって人の価値を階層構造(ヒエラルキー)化することが自然や科学の法則にかなっているかのように見せる。社会的な格付けや区分が固まったところで、「集団相互の理解」を「恐怖」に置き換える。少数派集団の前身は支配者集団に被害者意識をかき立てる。「法と秩序」を掲げる政治は大衆に受け入れられやすく、“我々”は法律を守っている市民で、対照的に“やつら”は国家の男らしさを脅かす無法な犯罪者である、といった具合に役を振り分けていく。男女平等の推進は家父長的な階層構造を脅かすため、性的不安を煽るのもファシスト政治の常とう手段だ。

“やつら”への不安が増すあいだに、“我々”は高潔なすべてを代表する。自由主義的な寛容の姿勢に勇気を得て都市部に暮らす少数派集団の存在や、都市部の世界市民主義(コスモポリタニズム)の脅威にさらされながらも、いまなお民族国家(ネイション)の純粋な価値と伝統が奇跡的に存続しているハートランドに“我々”は暮らしている。“我々”は熱心な働き者で、額に汗して社会的地位を勝ち取ってきた。それに対して“やつら”は怠け者で、“我々”の福祉制度の寛大さにつけ込み、あるいは正直な働き者の市民をしかるべき報酬から遠ざけることを目的に作られた労働組合のような堕落した組織を利用することで、“我々”の生み出すものをかすめ取って暮らしている。“我々”は税金に頼らない人で、“やつら”は税金に頼る人だ。

このロジックはまさしくトランプが語っているストーリーです。アメリカで広がる「ブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter:BLM)」運動は、アメリカ社会の分断が引き起こしたものでしが、その背景にはトランプ大統領のファシズム的手法があります。社会に分断をもたらすファシズムの危機に警鐘を鳴らすのが、本書のテーマです。

特に興味深かった章の1つは、第3章「反知性主義」です。スタンリー氏は言います。

ファシスト政治は教育や専門知や言語を攻撃することで「公の対話」を妨害しようとする。異なる視点を提供してくれる教育や、自分に不足した専門知への敬意や、現実について的確に語ることができるだけの豊かな言語能力がなければ、知的な討論は成り立たない。教育と専門知と優れた言語能力が失われたあとには、「権力」と「同族への帰属意識」しか残らない。

大学はこれまでのファシズムや人種差別との戦いの拠点になってきました。2015年に警察の残虐行為と人種差別に抗議するブラック・ライブズ・マターが始まったのは、ミズーリ大学のキャンパスでした。

そのためアメリカでは右派政治家や右派メディアは大学を攻撃します。学者が現実の政治に対して関わるのを制限しようとしたり、「政治的に偏っている」と批判して研究活動の内容にケチをつけます。日本でも一部の自民党議員が大学の研究助成にケチをつけたりしていますが、同じことがアメリカではより広範に行われてきました。

また「現実について的確に語ることができるだけの豊かな言語能力」が、ファシズム政治と戦うために重要だという指摘も心すべきだと思います。ツイッターのように短い文章のコミュニケーションにだけ頼ると「豊かな言語能力」が忘れられます。トランプ大統領がツイッターで発信する言語の貧困さや単純さは、ファシズム政治ときわめて親和性が高いことがわかります。

ツイッターやSNSが政治の流れを変える時代というのは、政治がファシズムにからめとられやすい時代だと言えるでしょう。政治に過度にわかりやすさを求めると、シンプルで情緒的で貧困なキャッチコピーだけがさまよい、アッという間に忘れられ、政治の貧困を招きます。

私は自分ではツイッターには触れません。それは「わかりやすい政治」という流れに一人で孤独に抵抗するためでもあります。時代遅れの認識かもしれませんが、真実は複雑であり、豊かな言語でないと表現できないと思います。簡単な解決策は、かなりの確率で、短絡的で間違った解決策です。

スタンリー氏はまたジェンダー研究がいつも極右勢力からバッシングされてきた背景についても述べます。

ファシズム運動が進行中のときは、一定の学問領域が標的に選ばれる。例えば「ジェンダー研究」は世界各地の極右ナショナリズム運動でやり玉に挙げられている。国の伝統を軽んじているとして、この分野の教授や教師が糾弾されている。

日本でもジェンダーバッシングが強まり、安倍政権下では外務省なども「ジェンダー」という用語を使わなくなりました。スタンリー氏が言う「言葉を攻撃する」という現象は、日本でもすでに発生しています。この手法は日本特有ではなく、世界中の極右勢力が共通して活用していることがわかります。「グローバルに影響を与えあう偏狭なナショナリズム」という不可思議な現象です。

ファシズムがとりわけジェンダー研究に敵愾心を燃やす理由は、家父長的なイデオロギーに由来する。国家社会主義は女性運動とフェミニズムを決まって標的にした。

裏を返せば、ファシズム政治に対抗するには、大学のジェンダー研究のような学問を大事にしなくてはいけないのかもしれません。著者によるとファシズムが攻撃対象にするのは、ジェンダー研究のほかにアフリカ系アメリカ人研究、中東研究などだそうです。相対的に物事を捉える訓練を受けた地域研究者や文化人類学者、社会学者といった人たちは、ファシズムの対極にいるのかもしれません。

ロシアではプーチン大統領がリベラルな教育研究をしていた大学に圧力をかけ、ハンガリーではオルバン首相がジョージ・ソロスが創設した中央ヨーロッパ大学の活動を断念させました。ファシズム政治家は、リベラルな大学を弾圧し、大学の国家統制を強化し、国家の目的に沿ったカリキュラムを強制しようとします。日本でもその危険がゼロとは言えません。

今回のコロナ危機対応でも世界中の強権的指導者は、専門知を軽視し、意見交換も慎重な検討も行わず、「行動」を強調しました。専門家の意見を聴くよりも、威勢の良いことを言うのが、ファシズム政治家の特徴のひとつです。言葉が軽いのも、ファシズム政治の特徴です。

【長くなったので、次回に続く】

*参考:ジェイソン・スタンリー、2020年「ファシズムはどこからやってくるか」青土社
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3399

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