ファシズムはどこからやってくるか【書評】(下)労働組合とファシズム

イェール大学のジェイソン・スタンリー教授(哲学)の「ファシズムはどこからやってくるか」のご紹介の第2弾です。ヒトラーとトランプの労働組合に対する姿勢が共通しているとの指摘が興味深く、同書から引用しながらご紹介します。

世界のファシズム政治家は労働組合を敵視するという共通点があります。

ここまで述べてきた “我々” 対 “やつら” の分断を食い止める防壁は、労働組合に代表される、同じ階級に属する人たちの「団結」と「共感」だ。機能性に優れた組合では、労働階級の白人は労働階級の黒人に反感をいだかず、彼らに自分たちの姿を重ねる。分断政策に団結して抵抗することの有効性をファシスト政治家は理解していて、だからこそ組合の解体を目論む。

ファシズム政治家は、社会の分断の防波堤になるのが労働組合だと正確に理解して敵視するとスタンリー氏は指摘します。

特徴の異なる人々を結束させるために社会が見いだした最大の機構が労働組合だ。「協力」と「共同体」の源であり、「人間の平等」の源であると同時に、浮き沈みの激しいグローバル市場から身を守る仕組みでもある。ファシスト政治においては、グローバル資本主義の海の中で個々の労働者が孤立して党や指導者に頼らざるを得ない状況になるよう、組合を粉砕しなければならない。労働組合嫌悪はファシスト政治の主要なテーマで、これを理解せずにファシズムを完全に理解することはできない。

ヒトラーの労働組合に対する姿勢をこう表現します。

「わが闘争」の第一部でヒトラーはくり返し労働組合を攻撃している。(中略)ヒトラーは労働組合に、階級的利害を求めず、その目的を国家への奉仕に切り替えるよう求めている。

ハンナ・アーレントもスタンリー氏も同じ見解だそうです。

ハンナ・アーレントが1951年に著した古典的作品「全体主義の起源」の第10章には「階級なき社会」という章題が付いている。この章でアーレントは、ファシズムには社会の個々人が “個別化する必要” -つまり、さまざまな違いを超えた相互の歩み寄りを失う必要-があると述べている。労働組合は人種や宗教ではなく階級という線に沿って相互のきずなを創り出す。ファシズムが労働組合を目の敵にするのは、だからなのだ。

不平等な社会がファシズムの温床になりますが、労働組合は平等化を進めるので、ファシズム政治家にとっては邪魔です。

ファシズムが労働組合を攻撃の標的とする理由はほかにもある。ファシスト政治が最も効力を発揮するのは、経済的不平等が硬直している環境だ。労働組合の拡張はそういう状況の発展を食い止める最高の解毒剤であることを明らかにした研究がある。ハーバード大学の政治学者アーコン・ファンが指摘しているように「不平等が低水準にとどまっている多くの社会では労働組合の組織率が高い」。

ファン氏の研究によれば、「労働組合密度」が高い国は所得の不平等が小さく(北欧諸国等)、所得の不平等が大きい国は「労働組合密度」が低い(米国、チリ、メキシコ等)ことがわかっています。

ノーベル経済学者のスティグリッツ教授も、労働組合の組織率の低下と所得格差の拡大の相関関係を指摘し、労働組合の強化を訴えています。政治学者も経済学者もそろって所得不平等を是正する上で労働組合が重要だと主張します。

日本で所得格差の拡大が進んだ時期と、労働組合の組織率が低下した時期は一致しています。非正規雇用が増えれば、労組組織率は低下し、所得格差は広がります。労働組合が強く労働者の権利が守られている国では、所得分配はより平等になります。

トランプ大統領と共和党議員たちは労働組合つぶしの法制化を進めてきました。彼らが推進する「労働権法案」は、一見すると労働者の権利を守る法案のように思えますが、実態は労働組合の弱体化をめざす法律です。

「労働権法案」は、組合費を払いたくない従業員から組合が会費を徴収することを禁じ、組合費を払わない従業員にも同等の組合代表権と組合員の権利の付与を義務づけるものです。この法案は、フリーライダーを増やし、労働組合の財源を断ち切ることが真の目的です。実際にこの法案は労働組合に大打撃を与えました。

労働組合の弱体化は、人種や宗教を超えた労働者の団結を阻み、米国の右傾化を促進しました。格差による分断された社会こそ、ファシズムの温床となります。いまの米国を特徴づける分断の最たるものは、所得格差による分断、人種による分断だと思います。二つの分断を食い止める防護柵が労働組合でしたが、その労組は新自由主義的経済政策(そしてグローバル化)により痛めつけられてきました。スタンリー氏は次のように言います。

労働組合は民族や宗教といった背景の違いや性自認、性的指向といった違いを超えて労働者を団結させ、共通の目的に向かわせる。

自由や人権が保障される民主的な社会を支えるインフラの柱が、労働組合と言ってもよいでしょう。私もかつては連合傘下(さらに政労連傘下)のJICA労働組合の組合員でしたが、当時は労働組合がそんなに重要だなどと考えたこともありませんでした。組織率の高い職場だったので、当然の義務だと考えて何となく組合に入っただけでした。

当時の私は二十代の下っ端の組合員でしたが、代々木公園のメーデーに行ったり、組合の指示で渋谷のデモに参加したり、職場の「天下り・出向反対闘争」に参加したりと、組合員としての最低限の義務を果たしていただけでした。組合運動の深い意義をまったく理解していませんでした。いま思うと残念です。

労働組合の組織率は低下し続けています。所得格差の拡大や非正規雇用の拡大と同じ時期に組織率の低下が起きています。明らかに相関関係があります。民主主義を守ると同時に、社会の分断と格差の拡大を防ぎ、安定した正規雇用を守るためには、労働組合の意義を見直し、組織率を上げていくことが大切です。民主主義を支えるインフラとしての労働組合、社会の分断を防ぐ装置としての労働組合、再評価すべきだと思います。

また、最近ではNPO法人「POSSE」の今野晴貴氏のようにブラック企業と戦い、労働組合の組織化や非正規雇用労働者を支援して注目される人も出てきました。従来型の正社員のための労働組合だけでなく、非正規雇用の人たちのための労働組合も出てきました。こうした新しい労働運動も、ファシズムと貧困に対抗する重要なインフラだと思います。立憲民主党もこういう動きと連帯していかなくてはならないと思います。

*参考:ジェイソン・スタンリー、2020年「ファシズムはどこからやってくるか」青土社