「枝野ビジョン」と英国型マニフェスト

いつも見知らぬ人が書いた本の紹介をしている私が、自分の所属政党の党首の本の紹介をしないわけにはいきません。枝野幸男代表が文春新書から「枝野ビジョン」を出版しました。サブタイトルは「支え合う日本」です。「なぜ文春新書なのか」は知りませんが、全国の書店で手に入りやすいのでよかったと思います。

衆議院選挙が近いこの時期の出版に意義があります。イギリスでは総選挙の時期にマニフェストが出版されて書店に並びます。お手頃な値段で政党の基本方針がわかります。選挙公約を広く知ってもらうには、「全国の書店に並ぶ」ことが大切です。ネット時代とはいえ、紙の本の方が読みやすい人もけっこう多いはずです(私もです)。

たまたま私の手元にあるのは2017年総選挙用のイギリス労働党マニフェスト「FOR THE MANY, NOT THE FEW」ですが、全124ページのしっかりした「本」です。けっこう分厚いので、一般の人がみんな買うものではなさそうです。しかし、マスコミ関係者、学者、地方議員、党員、NPOのリーダーなど、各界のオピニオンリーダーが選挙公約を知ることができるので、間接的に世論への影響は大きいと思います。

政治の世界のアイデア(=政策)というものは、多くの市民に一気に広がるケースは少ないと思います。それぞれの分野の先駆者がじわじわ広げて、少しづつ世論に浸透していくものだと思います。本屋でわざわざお金を出してマニフェストを買う人は多くないかもしれませんが、その数少ないオピニオンリーダーがじわじわアイデアを広げていくきっかけづくりには役立つと思います。

イギリスから加工して輸入された「日本型マニフェスト」は、やたらと詳細に数字や財源、行程表にこだわる傾向があります。しかし、本場のイギリスのマニフェストはどちらかといえばストーリー性があって、大きな方向性を示し、ビジョンを語るものです。イギリスのマニフェストは、細かい数字をさほど重視していません。財源や行程表などはほとんど書かれていません。

今回出版された「枝野ビジョン」は、イギリスのマニフェストに近い印象です。立憲民主党の総選挙公約はそのうち発表されますが、発表時期はおそらく選挙直前になります。党の公式の選挙公約を待っていると「世論にじわじわ浸透させる時間」がありません。

だからこそこの時期に枝野代表が個人的に「マニフェスト的な本」を出版して、党の政策の方向性を示すことに意義があります。某マスコミの記事で「具体性に欠ける」と批判していましたが、具体的な基本政策は党の選挙公約や政策集で詳細に記述されます。大切なのは「どんな社会をめざすのか」というビジョンです。従って、「枝野ビジョン」が「具体性に欠ける」との批判は無意味です。この本の趣旨がわかっていないだけのことです。

さて、中身の説明に入りますと、キーワードになるのは「新自由主義の限界」「支え合う社会」「小さすぎる行政」「リベラル」といった言葉です。近年の新自由主義的な経済政策や行政改革から生じた弊害、自民党が「保守」というより新自由主義の政党へ変質した現状を分析したうえで、寛容で多様性を尊重する「支え合う社会」をめざすことを訴えます。

目先の効率性を追求し過ぎた結果が東京一極集中であり、災害や感染症に脆弱な現在の日本社会です。自助と自己責任を強調しすぎた結果として格差で分断された社会。「小さな政府」のかけ声のもとで必要なサービスや人員まで削ってしまい、コロナ危機に対応できなくなってしまった機能不全の行政サービス。これらの問題を解決するためには、政治の大転換が必要です。

新自由主義的な政治哲学から脱却し、「支え合う社会」をつくっていく。誰も取り残さない社会、弱者を生み出さない税と社会保障制度、公平な税制、誰もが安心して医療や介護などのベーシックサービスにアクセスできる制度をつくっていく政治が求められます。

詳しくは「枝野ビジョン」を読んでいただければと思いますが、自民党に代わる政権の選択肢をめざす立憲民主党の「非公式マニフェスト」のようなものです。ぜひご一読をお願いいたします。

*ご参考:枝野幸男 2021年「枝野ビジョン」文春新書