高校の講義メモ(1):国の盛衰を決めるのは?

福岡県内の某私立高校で「国際政治経済」という講義をしています。
選択科目なので成績も無関係だし、受験にも関係ないです。それでも受講してくれる生徒がいます。受講生はたった2人ですが、とても優秀で教え甲斐があります。たとえば、「国際政治経済」の第二回講義のテーマは「豊かな先進国と貧しい発展途上国 何がちがうのか? 何がちがいを生んだのか?」というものでした。素朴な質問から広義の政治の重要性を知ってもらうことが目的でした。

まず生徒たちに統計データを見てもらい、豊かな国と貧しい国の格差について感想と、格差を生んだ要因を予想してもらいます。

               一人当たり名目GDP   平均余命          乳児死亡率
日本                 $32,485                   83.7歳                2人
アメリカ           $55,805                   79.3歳                6人
アフガニスタン    $654                    60.5歳                70人
韓国                 $27,195                   82.3歳                3人
北朝鮮              $1,125                   70.6歳                22人

おおむね次のような説明をしました。

1.人種や民族の間に先天的な知的能力面の優劣はないというのが、人類学者等のコンセンサスといえる。格差を生むのは、人種や民族の先天的能力ではない。およそ「劣った民族」や「劣った人種」も存在しない。しかし、「劣った国家」はある。

2.宗教や文化も格差の説明要因としては弱い。かつての大学生の必読書「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(マックス・ヴェーバー)もアジアの経済発展で否定された。国と国との格差を生む要因は、広義の「政治」と断言できる。民主政治、法の支配、制度等が、長期的な経済発展や人間開発(健康や教育、人権)の水準を決める。

3.例えば、アメリカとメキシコの国境の街のノガレスが特徴的である。街の真ん中に国境線が引かれた。アメリカ領のノガレスとメキシコ領のノガレスでは、3万ドルと1万ドルの所得格差が存在する。人種的にも自然条件(降水量や土壌の肥沃さ)も同じなのに、所得や健康、教育の水準に大きな差が生まれた。差を生み出したのは、民主主義、法の支配、市場の効率性といった要因である。

4.同じことは韓国と北朝鮮のちがいについてもいえる。全体主義・独裁政権の北朝鮮と民主国家で先進国入りした韓国は同じ人種である。先天的に北朝鮮人が韓国人より劣っているということは考えにくい。歴史的にも同じ文化圏、同じ言語である。単に政治(統治)のシステムの差が、経済格差を生み出したといえる。香港の中国人と中国本土の中国人の間にも人種や文化な差はほとんどない。

5.働いてもさぼっても収入が同じという共産主義国では、労働者の生産性は低い。旧ソ連の集団農場の農民は、農場では真剣に働かず、労働時間も短かった。しかし、同じ農民が自分の家庭菜園では勤勉に働き、余剰ができたら闇市場で売っていた。ひとりの農民が、集団農場では生産性が低く、家庭菜園では生産性が高い。制度(インセンティブ)の問題であり、個人の資質とは関係ない。

6.民主的な選挙制度や議会制度、信頼できる司法制度、自由な市場といった統治システム(広義の政治)が、長期的な国家の盛衰を決める。

といったような講義をしています。

党派的な話はしませんが、政治が重要であることを理解してもらい、世界を理解する上で政治学の知識が有益であることを知ってほしいと思います。

受験で役に立たない講義、たった2人しか生徒がいない講義ですが、私にとってはとても有意義な時間です。生徒たちも同じように感じてくれているといいな、と思います。

*ご参考:D・アセモグル、J・ロビンソン「国家はなぜ衰退するのか」早川書房、2013年