自民や立憲民主などの与野党6党がガソリン税に上乗せされている暫定税率を2025年12月31日に廃止することで合意しました。これによりガソリンの価格は1リットル当たり25.1円安くなります。
この政策を歓迎する人は多いと思います。与党も野党もそろって支持する政策ですから、それに反対するのはよほどのへそ曲がりかもしれません。それでも私は反対です。選挙に立候補するつもりがないので、あえて不人気な意見を詳しく述べさせていただきます。
1.気候変動(地球温暖化)対策に逆行する
ガソリン減税は化石燃料の消費(=温室効果ガス排出)を奨励する政策です。気候変動対策の観点から許されません。いまや地球温暖化は否定することは不可能です。トランプやポピュリスト政治家のような「変な人たち」は否定していますが、統計的にも肌感覚でも地球温暖化は確実な事実です。
私(52歳)が子どものころ天気予報で38度の予想など見たことなかったと記憶しています。それが異常ではなく、日常的になっています。東京の7月の平均気温は、私が大学を卒業した年の 1996年は26.18度でしたが、2023年には28.71度まで上がっています。東京の場合は地球温暖化に加えてヒートアイランド現象が加わり、他の地域より気温上昇が極端なのかもしれません。それにしても2度以上も平均気温が上昇しているのは明らかな脅威です。
気温が1度上昇すると、水蒸気量が7%増加します。水蒸気量が増えると、大型台風や集中豪雨が激増し、災害が激甚化します。これも多くの人が実感していることでしょう。ツバル、キリバスなどの島嶼国、バングラデシュなどの沿岸部は海面上昇で人が住めなくなり「気候難民」が発生します。将来的には2億人が気候難民化すると見込まれています。
多くの人は「産業革命以来少しずつ温室効果ガスが増えてきた」というイメージを持っていますが、実は温室効果ガスの排出が激増したのは最近のことです。人類が化石燃料を燃やして排出した二酸化炭素の半分は過去30年で排出したと言われています。過去30年で見れば、先進工業国の温室効果ガスの排出はさほど増えていませんが、経済発展著しい中国やインドの排出は激増しています。「発展途上国の人たちは犠牲者だ」という見方は最近ではあやしくなってきました。発展途上国の人たちも加害者になりつつあります。急激に増加する温室効果ガスの排出は、急激に減らす必要があります。化石燃料の使用に急ブレーキをかけなければなりません。
2.ガソリン高騰の最大の理由は円安誘導政策(アベノミクスの帰結)
いまのガソリン高のかなりの部分は円安に起因します。いちばん効果的なのは輸入価格を下げるための円高誘導です。アベノミクスの異次元金融緩和で円安に誘導した結果がガソリン高なので、高市政権がめざすべきは金利正常化(利上げ)による円高誘導です。アベノミクスを否定することが物価高対策の第一歩になるでしょう。
3.ガソリン減税の物価高対策としての効率の悪さ
ガソリン減税は物価高対策としては非効率です。
第一に、減税効果はガソリン購入世帯に限られます。自動車を保有していない人には恩恵がありません。当たり前ですが、かなりの人口が対象外です。
第二に、ガソリン減税は大量にガソリンを消費する人ほど恩恵が大きくなります。生活のために軽トラックや軽自動車を使っている人よりも、ムダに大きくて燃費の悪いベントレーやメルセデスベンツに乗っている富裕層の方がより大きな利益を享受する可能性が高いです。日本総研によると、高所得世帯は低所得世帯の2倍の減税効果があるそうです。高所得世帯により多くの税金が投入されることは覚えておくべきです。
第三に、同じく日本総研によると鳥取市の世帯は東京都区部の世帯の5倍の減税効果があり、受益の地域差が大きくなります。もちろん車社会では自動車に頼らざるを得ないので、地方の方が受益する人が多いのは当然です。しかし、都市部にも物価高に困っている人は大勢います。都市部の低所得世帯には何の恩恵もないガソリン減税によって何兆円もの税収が減少するという問題を認識する必要があります。ガソリン減税の効果は不公平・不平等であり、本当に困っている人を重点的に支援する減税ではありません。
4.ガソリン減税以外の物価高対策(可処分所得を増やす政策)
問題の本質は「ガソリン代が上がって生活が苦しくなった」(=可処分所得が減った)ということだとすれば、苦しい生活を支える別の手段を考えることもできます。お金持ちはガソリン代が上がっても放っておいて問題ありません。たとえば、住民税非課税世帯や子育て世帯向けの給付付き税額控除を導入して可処分所得を増やすことの方が、生活が苦しくなった人をよりピンポイントで支援できます。
あるいは自家用車の代替手段として電車やバスを使う人のために公共交通機関への補助を増やしたり、バスやディーゼル機関車の燃料代は減税したり、といった対応で、利便性を高めたり利用料金を抑えたりすることも重要です。大勢の人が利用する公共交通機関に関しては、個人の自家用車利用よりもエネルギー効率がよいので、ガソリン(軽油含む)税は減税してよいと思います。
5.ガソリンの消費量を減らす政策
電気自動車の補助金を増やし、かつ、自然エネルギーへの投資を増やして電気代を下げ、ガソリン車から電気自動車へのシフトを促すことも重要です。より少ないガソリンで走れるハイブリッド車や軽自動車への補助も増やしてよいと思います。
6.どうしても自動車を使わざるを得ない人への支援
自動車以外の移動手段がない人にとっては、移動する権利を保障する必要があります。交通の便の悪い過疎地などに住む人には、走行距離に応じて補助金を出せる仕組みも必要かもしれません。過疎地のガソリンスタンドなどと連携すれば、そういう仕組みは作れると思います。
また障がい者の介助者の自動車などには「ガソリンクーポン」みたいな制度があってもよいと思います(一部の地方自治体では障がい者向けのガソリン代補助制度がすでにあります)。
近年のガソリン高騰対策の補助金は既に累計8兆円を超えています。ガソリンの暫定税率の廃止でさらに年に約1兆5千億円(うち5千億円は地方税)の税収減になります。国の借金が増え続けるなかで、そこまでガソリン高対策に税金を投じるべきでしょうか?
ガソリン消費を抑えるための公共投資や学校給食無償化や貧困率の高いひとり親世帯向け補助金の増額といったことに税金を使った方がよいと私は思います。ガソリン高騰は中間層にも痛手なので、中間層向けには社会保険料の軽減などに取り組む必要はあるでしょう。物価高対策は目先の価格低下戦術よりも、総合的に困窮している人の可処分所得を増やす戦略に重点を置くべきだと思います。
最後に「気候変動は最大の集合行為問題(collective action problem)」といわれます。集合行為問題とは、「個人が合理的に行動すると、全体としては非効率または望ましくない結果になってしまう」というジレンマです。
たとえば、漁業に関して、稚魚を乱獲し続けると最終的に漁ができなくなるのに対し、漁獲規制を守り稚魚は獲らずに成魚だけを獲っていればみんなが豊かに暮らせる、という状況であっても、個々の漁師が自分勝手に乱獲してしまうような状況を指します。みんなが協力すればよい結果になるのに、目先の利益を追求して協力しないことでみんなが最終的に不利益を被ることです。
気候変動(地球温暖化)の弊害を多くの人は理解しています(小学生でも理解しています)。しかし、温室効果ガスの排出に関し、みんなが自分勝手な行動をとり続ければ、最終的・長期的にはすべての人が大きな不利益を被ります(ロシアなどは得するといわれていますが、どうだかあやしいものです)。
政治(政府)が取り組むべきは、大局的・長期的な視野に立った気候変動対策です。目先の選挙や世論調査におびえて、未来の世代にツケをまわす政策をとるべきではありません。それを国民にきちんと理解してもらえるように説明し、説得していかなければなりません。不人気であっても誠実に説明し実行する政治指導者が求められています。また、目先の人気取りしか考えていないポピュリスト政治家ではなく、まともな政治家を選ぶ有権者がそれ以上に求められています。
