政治家が信用されない理由

アメリカ大統領選の共和党候補者指名争いで、トランプ氏が優勢です。人工中絶問題をめぐる発言でつまずきましたが、これまでの勢いはかなりのものです。過激な主張とエリート批判で人気を得ていますが、その背景にあるのは政治不信であると言われています。タブーを無視して本音で罵詈雑言をまき散らすトランプ氏が支持される理由は、プロの政治家っぽくないところかもしれません。

世界68か国の5万人を対象にした調査によると「政治家を信用する」と答えた人はわずか13%だそうです。政治不信は世界共通の現象です。英国の政治学者、ジェリー・ストーカー氏は「政治家は権力に飢えた嘘つきだという見方は我々の時代の常識である」と言います。そして「政治は本来的に失望を招くもの」とも言います。

多くの政治決定は、資源の再配分を伴います。政治は、誰かを楽にして、誰かに負担を強いる決定を伴います。少子高齢化と低成長が定着した今日、誰の負担も増やさずにみんながよろこぶ政策はあまりありません。いまの時代は「利益分配」よりもむしろ「不利益分配」が主となります。「不利益分配」社会における利害調整は、みんなで痛みを分かち合う調整になりがちです。みんなが満足というより、みんながどうにか納得するという程度のことしか期待できません。政治は、負担の押しつけ合いを伴い、複雑なコミュニケーションの過程を必要とし、すっきりしない妥協を生みます。

また、政治とは、多面的で複雑な社会において、競合するさまざまな利益や意見の中から、集団としての意思を決める作業です。政治という営みは、みんなそれぞれ他人と一致しないからこそ存在します。利害や意見が対立する中で、何かを選ぶのが政治です。それは集団全体を拘束する決定なので、我々すべてに強制されます。時に妥協して折り合い、時に多数決で押し通し、異なる利害や意見を調整していく場が政治です。妥協や調整では自分の意見が100%通ることはまれで、不満は残ります。

どうにか妥協して共存するための手段が政治だとすれば、骨が折れる割にワクワクするものではなく、失望がつきものです。現職議員時代に私は国会対策を9年以上担当して他党との折衝に関わり、それを痛感します。失望することが多かったのは事実です。

政治が失望を伴うという現実を踏まえると、警戒しなくてはならないのは、シニシズム(冷笑主義)とポピュリズムです。冷たいシニシズムも、熱狂を呼ぶポピュリズムも、どちらも一見正しそうに見えて、長期的には健全な社会をむしばみます。

ストーカー氏は次のように述べて、シニシズムの危険に警戒を呼びかけます。

メディアは侮蔑の文化をまき散らしている。庶民の味方の英雄気取りのジャーナリズムが台頭してきて、そこでは政治家に対してけんか腰の態度を取ることが売り物となり、政治家は視聴者に嘘ばかりついているのだと追及している。(中略)シニシズムに浸れば、政治では最後に自己中心主義と虚偽が勝利することになり、結局幻滅を広げるだけである。

腐らせるようなシニシズムではなく、健全な懐疑主義が必要です。言い換えると、少しのシニシズムは健全ですが、過剰なシニシズムは政治を腐食します。幻滅して政治から遠ざかった市民は、政治に対する健全なチェック機能を果たせません。

次に、ポピュリズムは、政治が持つ固有の複雑さを無視します。ポピュリズムでは、強い個性の強力なリーダーシップが、民主政治の運用につきまとう問題や面倒な制度のしばりを一掃できると主張します。ポピュリズムは政治への不満から生まれ、明確な敵を見い出し、感情や道徳的怒りの波に乗って成長します。「われわれ」と「やつら」という対立軸をつくり、扇情的なコミュニケーションでテレビやネットメディアを利用します。ポピュリズムは不寛容で反自由主義的な形を取ることも多く、「やつら」は悪だとレッテルを貼り、妥協を拒みます。これこそトランプ氏がやっていることです。

ストーカー氏は「人間は、ほとんどの他人は(問題が的確に説明されさえすれば)自分と同じ考えを持つと勝手に決めつけるものである」と言います。人は自分自身の経験を超えて考えることは難しく、自分自身の利益や環境に基づいて政治的判断を下す傾向にあり、「自分の意見が正しい」と思い込みがちです。自分の意見が受け入れられないのは、相手が理解しないせいか、悪意があるせいだと思いがちです。

しかし、ポピュリストの主張とは異なり、政治は正義と邪悪の戦いではありません。価値観や方向性、優先順位のちがいであり、善悪で切り分けられるものではありません。「やつら」が悪とは限りません。そもそも政治には妥協がつきものです。ポピュリストが言うようなわかりやすい解決策はありません。

財政が厳しい中で誰の負担も増やさずに人気を得ようと思ったら、排外的ナショナリズムに訴えるのが楽なので、ポピュリストは排外的な主張に傾きがちです。ポピュリズムが力を持つと、少数意見は尊重されず、国内外で非寛容を招き、妥協を難しくします。他の誰かのせいにして厳しい現実から目を背けるのが、ポピュリズムの弊害です。

政治を再生するには、強いリーダーシップを持ったヒーローのようなリーダーを待ち焦がれるのはやめなくてはいけません。

見たくない不都合な現実から目をそらさず、みんなでちょっとずつがまんして、みんなで政治に関わっていく姿勢がたいせつです。

政治への信頼を取り戻し、民主主義を機能させるためには、ひとりひとりが自省的で健全な懐疑主義者になり、傍観者にならず、政治や社会のことにもっと関わる必要があります。

市民が政治や行政の意思決定にもっと参加できる機会を増やこともたいせつです。安保法制に反対する学生のSEALDsのような動きには勇気づけられます。

また、PTA活動に参加したり、NPOの活動に参加したり、地域の問題を自分たちで解決することも、一種の政治参加です。

傍観者にならず、自分の意見を政策に反映させるために行動することや、地域の問題解決に参加することが、少しずつ政治を良くします。

政治不信という世界共通の問題への解決策は、単純ですが、「もっと市民が社会に参加すること」に尽きます。

*参考文献: ジェリー・ストーカー「政治をあきらめない理由」岩波書店 2013年

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