2023年に読んだ本のベスト10

毎年恒例(?)の「今年読んだ本のベスト10冊」をご紹介させていただきます。今年最初から最後まで読み通した本は約250冊(*小説や雑誌などは除く)。そのなかで印象に残ったお薦めの本を厳選した10冊です。お読みいただければさいわいです。

今年一年お世話になった皆さまにこの場をお借りしてお礼申し上げます。良いお年をお迎えください。

 

1.ルトガー・ブレグマン 2021年 『希望の歴史(上・下)』 文藝春秋

歴史学を学んだオランダのジャーナリストが、「人間の本質は善である」ということを示すエピソードを集め、より良く生きるためのヒントになることをまとめた本です。ジャーナリストが書いた本なので読みやすく、来年に希望をつなぐために、年末年始に読むにはお薦めです。たまたま知り合ったフランス人もこの本を読んでおもしろかったと言ってました。世界的に売れた本みたいです。

2023年12月8日付ブログ:山内 康一 | 「希望の歴史」【書評】

 

2.ロバート・D・パットナム、シェイリン・ロムニー・ギャレット 2023年 『上昇:アメリカは再び団結できるのか』 創元社

ソーシャル・キャピタル論の提唱者のロバート・パットナムの新著(共著)です。アメリカの現在の不平等や差別、社会的分断が、1890年代の「金ぴか時代」と似ていることを指摘します。アメリカが「金ぴか時代」のひどい状況から、累進課税の強化や二大政党の歩み等の努力により1970年代の平等で社会的紐帯が強い健全な社会に変わっていった道筋をデータに基づいて解説し、これからアメリカが再び「上昇」するための処方箋を示します。日本もアメリカと似ています。格差の拡大や政治的分断は先進国共通の課題ですが、そこから抜け出すためのヒントとして有益だと思います。おそろしく分厚くて重たい本です(できれば上巻と下巻に分けてほしいです)が、読むに値する良書です。

 

3.アマルティア・セン 2022年『アマルティア・セン回顧録(上下)』勁草書房

ノーベル経済学賞を受賞したインド人経済学者の回顧録です。経済学的な内容ではなく、インドの知識人であるアマルティア・センの人生をふり返る本で、ベンガル地方の飢饉やバングラデシュ独立戦争の様子、インドのエリートの発想や英米の経済学界の内情などもわかり、興味深い本でした。インドを知るための本としても有益でした。アマルティア・センの名付け親は、インド人でアジア人初のノーベル文学賞受賞者のタゴールだということを知りましたが、狭い地域の狭いコミュニティに世界の知性が集まっていたことに驚きます。

 

4.H・R・マクマスター 2021年 『戦場としての世界』 日本経済新聞出版

著者のハーバート・マクマスター氏は、陸軍士官学校(ウエストポイント)出身の軍人で、湾岸戦争とイラク戦争で部隊を指揮し、実戦経験も豊富です。歴史学の博士号を持ち、シンクタンク出向等をへて、トランプ政権の大統領補佐官に就任し、現在はシンクタンクのハドソン研究所の日本部長です。タイトルは「戦場としての世界」で、ロシア、中国、南アジア、イラン、北朝鮮など地域別に章が分かれていて、近年の米国の外交安全保障政策を振り返るにはよい本です。

本書の「おわりに」では、「現代の課題を理解し、対処するには歴史に学ぶことが重要だという主張こそ本書の要点である」とあります。マクマスター氏は歴史を重視し、歴史を「実学」と見なします。政治家や自衛隊の幹部は、歴史を学ばなくてはいけないと、この本を読んであらためて思いました。

2023年5月16日付ブログ:山内 康一 | マクマスター「戦場としての世界」【書評】

 

5.チャーチル 1983年 『第二次世界大戦(全4巻)』 河出文庫

ノーベル文学賞受賞作品のチャーチルの「第二次世界大戦」回顧録は、当事者の証言としても興味深く、歴史のおもしろさや政治の生々しさを実感できる本です。当事者なので割り引いて読むべき個所も多いでしょうが、当事者ゆえの切迫感や逆に余裕も感じられ、おもしろい本でした。危機の時代にこそ歴史や文学に造詣の深い政治指導者が求められるとつくづく思います。孤独な決断を迫られたときに過去の事例を参考にできる政治指導者とそうでない政治指導者のちがいは明らかだと思います。

 

6.ジェレミー・リフキン 2023年 『レジリエンスの時代』 集英社

気候変動時代の適応に関する本です。高校3年生のときにジェレミー・リフキンの「エントロピーの法則:地球の環境破壊を救う英知」という本を読んで以来、同氏のファンです。ジェレミー・リフキンはドイツのメルケル首相や中国共産党指導部に環境政策(再生可能エネルギー政策)についてアドバイスしている権威です。気候変動による災害激甚化に備えるためにレジリエンスがこれからの時代のキーワードになります。そのことがよくわかる良書です。

 

7.ヌリエル・ルービニ 2022年 『メガスレット:世界経済を破滅させる10の巨大な脅威』 日本経済新聞出版

著者のヌリエル・ルービニ氏は、ニューヨーク大学スターン経営大学院教授、クリントン政権の大統領経済諮問委員会のエコノミスト等を務め、世界銀行、IMF、FRBで実務経験を持つエコノミストです。2006年から不動産バブルの危険性を警告し、いわゆるリーマンショックを予測したことで有名です。経済危機から気候変動、人口減少や米中冷戦まで予測される危機について分析した良書です。特に経済財政政策に関しては参考になりました。

2023年2月22日付ブログ:山内 康一 | ローフレーション(low-inflation)という発想

 

8.清水唯一朗 2021年「原敬:平民宰相の虚像と実像」中公新書

政治学者の清水唯一朗教授の著書で、明治から大正にかけての政治の実態がよくわかる名著です。原敬も同時代の政治家の間では「食えないヤツ」と評価され、「憲政の神様」の尾崎行雄も議会のルールを踏みにじるえげつない奇策もやっています。歴史教科書に出てくる偉大な政治家のイメージとは合いません。「従僕の目に英雄なし」という言葉がありますが、同時代の人たちの目で見ると欠点のない政治家などいないかもしれません。そのことがよくわかり、おもしろかったです。

2023年1月30日付ブログ:山内 康一 | 政治家の虚像と実像:従僕の目に英雄なし

 

9.御厨貴監修 2007年 『渡邊恒雄回顧録』 中公文庫

もともと渡邊恒雄という人物は嫌いですが、渡辺恒雄が生きた時代と政治の裏側がよくわかり、興味深い本でした。戦後日本政治の悪いところがよくわかる本だと思います。生々しく鼻につく本ですが、戦後の日本政治を知るためには読むべき本だと思います。

 

10.ジェイムズ・F・ダニガン、ウィリアム・マーテル 1990年 『戦争回避のテクノロジー』 河出書房新社

過去200年間の戦争をコンピュータによって数量分析し、近代戦の特質を明らかにした本です。過去の未遂に終った戦争の要因を分析し、将来おこりうる戦争を予測、戦争回避の可能性を示している点でも有益です。意外なことに無謀な戦争に踏み込みがちなのは、軍人ではなく、政治指導者であるケースが多いそうです。世論におもねったり、自らの能力や国力を過信したり、相手の軍事力を過小評価したりして、戦争を仕掛けるのは政治家であるケースが多いことをよく理解しておく必要があります。