学生インターンの卒業シーズンです。

今年も大学生のインターンが卒業します。今年の卒業生は、第一希望のマスコミ関係に就職が決まり、4月から社会人です。わが事務所でインターンを受け入れ始めたのが2005年でしたが、第一号の学生インターンもマスコミ関係に就職しました。これで合計3人の元インターンがマスコミ関係者ということになります。

第一号のインターンは某国に特派員として赴任中ですが、メールで現地情勢を教えてくれたりして、今でも関係が続いています。もうひとりのマスコミ関係の元インターンもときどき事務所宛に連絡があります。元インターンの就職先で多いのは役所関係です。元インターンの就職先には法務省、総務省、外務省、防衛省、金融庁、JICAなどがあります。

しかし、うちの事務所のインターン出身で議員になった人は今のところゼロです。議員事務所でインターンすると、行政の大切さがよくわかるのかもしれません。立法府と行政府は密接に関係していて、私も中央省庁の官僚とは接点が多いので、インターンの皆さんも中央省庁の仕事の一端を知り、それが刺激になったのかもしれません。

今年のインターン生は事務所での活動をとても感謝してくれて、「大学よりも山内事務所で学んだことの方が多いです」と言ってくれました。大学で学んだことより、うちの事務所で学んだことの方が多いはずはなく、半分はお世辞でしょうが、それでもうれしいものです。インターン中の地元活動を通してお世辞をうまく言えるようになったのかもしれません。それも含めて成果です。

私はインターンに来る学生には、できる限り時間をさいて話をしたり、いっしょに政策の勉強をしたり、ご飯を食べたりするよう心がけてきました。特にしつこく指導したのは「本を読め」と「学問を軽視するな」ということです。自分がこれまでの身につけたノウハウや人脈を紹介し、社会人としてのテクニックや礼儀を身につけられるよう、努力してきたつもりです。

というのも、私は大学生の頃にほんとうに多くの大人にお世話になり、いろんなことを教えてもらいました。特にフィリピンに留学していた頃は、フィリピンの人はもちろんですが、在留邦人(主にJICAやNGOの関係の日本人)にお世話になりました。

世間知らずで、常識に欠け、怖いもの知らずだった二十歳ごろの私は、初めて会ったJICA関係者の方の自宅に図々しく泊めてもらったり、見ず知らずのNGOの現地事務所長に手紙を書いて(*当時はインターネットが普及する前でした。)、プロジェクト地の施設にタダで寝泊まりさせてもらった上に、三度のご飯まで食べさせてもらったりしていました。現地の日本人社会の厚意に甘えて図々しくのびのびとフィリピンで暮らしていました。

フィリピン時代におつき合いのあった日本の援助関係者は、だれもが何の見返りも求めずに、世間知らずの留学生の私に、いろんなことを教えてくれて、ご飯もご馳走してくれて、泊まるところも提供してくれて、お世話になりっぱなしでした。もともと援助業界で働く日本人は、親切でやさしい人が多いです(そういう人が集まりやすい業種です)。

しかし、お世話になった人たちに何ひとつ恩返しをしていません。いちばんお世話になったミンダナオ島の池田さんという方も数年前にお亡くなりになったと聞きました。今となってはお世話になった人たちにご恩を返そうにも返せません。当時お世話になった人たちのうち連絡先がわかる人はほとんどいません。

そこで恩返しの代わりに、自分より若い人たちに、自分がお世話になったのと同じように、お世話してあげたいという気持ちがあります。卒業していくインターンの感謝の言葉を聞いて、亡くなった池田さんに恩返ししているような気持ちになりました。といっても、私は、池田さんのご自宅やプロジェクトサイトの施設に1か月半もご厄介になり、寝る場所も食事もぜんぶお世話になり、そのうえ植林や有機農業について勉強する機会を作ってもらいました。若かりし頃の自分よりも図々しいインターンには、いまだに出会ったことがありません。まだまだ恩返しが足りません。