奈良の都にペルシャの役人

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10月5日付読売新聞の記事に「奈良の都にペルシャ人役人がいた…木簡に名前」という記事がありました。見出しにくぎ付けになりました。平城宮跡から出土した8世紀の木簡にペルシャ人を意味する名字の役人の名前が書かれていたそうです。平城京にペルシャ人がいただけでも驚きます。しかも、そのペルシャ人が役人というのは、ちょっと感動しました。

奈良時代の日本は、下手すると今より国際的だったようです。ペルシャ人以上に中国や朝鮮半島からの渡来人は多かったことでしょう。当時は「役人が二重国籍ではダメ」という発想もなかったのでしょう。国際性の高い国家や社会というのは、寛容なのだと思います。生まれにこだわらず、国家の役に立つ人材は活用する、という方針だったのだと思います。当時の奈良政府は、けっこうグローバルな発想だったのかもしれません。

奈良の正倉院は「シルクロードの終着駅」と言われてきましたが、モノの交易だけではなく、人の交流の面でもシルクロードの一部であることが再確認されました。画期的なことだと思います。

私はなぜか昔からシルクロードに憧れていました。亡くなった祖父がNHKのシルクロード特集を見ているのを横から見て、いつか行ってみたいと思っていました。2002年に難民援助の仕事でアフガニスタンに赴任する機会を得て夢がかないました。

アフガニスタンの山岳地帯の村々や古い城塞を見ていると、何百年、何千年前と変わらないような風景がたくさんあります。春には桜の花にそっくりのアーモンドの木の花が咲き誇り、桃源郷のようです。アフガニスタンというのは、文化や歴史の豊かな文明の十字路です。民族的にも多様です。アフガニスタンには、日本人に顔立ちの似たハザラ族(モンゴル系)もいれば、インド・アーリア系もトルコ系の民族もいます。いろんな文化や民族が入り組んだ多様な国です。戦争さえなければ、観光向きの古い遺跡や美しいイスラム教モスクもあります。「これぞ シルクロード」という感じです。

そういえばアフガニスタンに赴任するにあたって、ペルシャ語の入門書を買って勉強を始め、数日で挫折したこともありました。アフガニスタンの公用語のダリー語はペルシャ語の一種です。やってみるとペルシャ語は予想以上に難しいことに気づきました。英語だけでも苦労しているのに、さらに苦労のタネを増やすのはやめようと思い、ペルシャ語マスターは断念しました。しかし、今でもペルシャ文化への興味は尽きません。

ペルシャと日本が8世紀からつながっていた。それだけでもうれしくなります。むかし「グローバリゼーション 人類5万年のドラマ」という本を読みましたが、グローバル化は最近の現状ではないことがよくわかります。

教育政策論でよく聞く「グローバル化の時代だから英語教育を強化しよう」という発想はどうかと思います。グローバル化には長い歴史があり、今が特別ではないのだと思います。あせらず落ち着いてグローバル化に淡々と向き合えばよいと思います。英語に限らず、中国語やペルシャ語、ロシア語やスペイン語などいろんな言語とつきあい、各国の言語や文化の多様性に敬意を払い、「英語帝国主義」にくみしないことが、グローバル化への正しい対応ではないかと思います。

なんだかまとまりのないブログになりました。奈良の都のペルシャ人の役人に思いをはせて雑なエッセイを書いてしまいました。申し訳ありません(了)。

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