「アメリカの世紀は終わらない」【書評(2)】プロパガンダの無意味さ

up

ジョセフ・S・ナイの「アメリカの世紀は終わらない」の書評というか、面白かった点を拾ってコメントしたブログの第2弾です。ナイは「ソフト・パワー」という言葉をつくった張本人です。いまや「ハード・パワー(軍事力や経済力)」だけで国際政治を語る人は減り、「ソフト・パワー」や「スマート・パワー(ソフトとハードの力の組み合わせ)」という用語がすっかり定着しています。

そのソフト・パワーについて興味深い記述がありました。

中国はソフト・パワーの発揮で中心になる機関を政府だと考えているが、それは間違いである。いまの世界において情報は希少ではない。希少なのは注目されることである。そのためには周りから信頼される必要がある。政府が人々を意図した方向に誘導しようと試みるプロパガンダはほとんど信じられていない。むしろ最良のプロパガンダは、プロパガンダに手を染めないことである。中国は通信社の新華社やテレビ局の中国中央電視台の海外展開を進め、アメリカ発のニュース専門局であるCNNやイギリスの公共放送局で世界に展開する英国放送協会(BBC)と競争しようと試みてきた。しかし、そのようなすべての努力にもかかわらず、温かみのないプロパガンダに目を向ける読者・視聴者は世界にほとんどいない。エコノミスト誌は中国を取り上げた記事で、共産党は「ソフト・パワーのほとんどが個人や民間セクター、市民組織に由来するというナイの視点」を理解していないと指摘する。

実は中国政府だけでなく、日本政府も同じ勘違いをしています。中国や韓国が従軍慰安婦問題や尖閣問題、竹島問題で「歴史認識攻勢」をかけるなかで、安倍政権や自民党は「外交戦」に熱心に取り組み、積極的に予算も増やしています。自らの主張を声高に主張すれば、国際社会が理解してくれる、と勘違いしている節があります。プロパガンダを発信すればよいというわけでないのは、ナイの指摘する通りです。

例えば、10年前に日本会議系の国会議員らがワシントンポスト紙に「従軍慰安婦の強制の証拠はない」という趣旨の意見広告を出しました。その結果、アメリカ議会はかえって硬化して、下院でいわゆる「従軍慰安婦問題の対日謝罪要求決議案」が可決されました。この意見広告が出される前は、親日派議員の働きかけで決議案が可決される見込みは薄かったようですが、右派のプロパガンダのおかげで親日派議員も動けなくなり、下院決議が通ってしまいました。プロパガンダ攻勢が失敗した代表例といえるでしょう。

いまも火種になる従軍慰安婦問題では、21世紀の人権感覚で女性の権利について議論することになりがちです。21世紀の人権感覚で判断すれば、どんなに言い訳しても、当時の日本軍の行為は正当化できません。朝鮮半島出身の従軍慰安婦の募集には女衒(ぜげん=人身売買業者)の関与があったのは事実だと思いますが、インドネシアなどでは軍が直接関与しています。軍医等が慰安所の管理にあたっていたことを考えれば、「軍は無関係」という主張は国際社会では理解されません。

慰安婦問題を正当化しようとすればするほど、国際社会で白い目でみられ、戦前の軍国主義を連想させ、日本政府の信用を落とします。日本政府としては、この問題に関してすでに正式に謝罪しているので、そのスタンスを崩さずに黙っているのが正解です。「寝た子を起こさない」のが正しいアプローチです。

官製プロパガンダによる印象操作では、国際社会の世論は操作できません。そのことをナイは中国を例に指摘していますが、残念ながら今の日本政府にもあてはまります。ジャパン・ハンドのナイのいうことに常に従う必要はありませんが、「最良のプロパガンダは、プロパガンダに手を染めないことである」というナイの発言には従った方が賢明だと思います。

*ご参考:ジョセフ・S・ナイ「アメリカの世紀は終わらない」日本経済新聞出版社、2015

関連記事

  • イギリス労働党マニフェスト2019を読んでイギリス労働党マニフェスト2019を読んで いまイギリスでは総選挙が行われているので、労働党の2019年マニフェストを読んでみました。現地ではマニフェストが本になったものが、たぶん700~1000円くらいで本屋で売っている […]
  • 今日で45歳。ヒラリー・クリントンのように。今日で45歳。ヒラリー・クリントンのように。 ついに本日、45歳の誕生日をむかえました。何となく節目のような気がします。成人して25年(四半世紀!)。衆議院議員在職10周年(浪人中を含むと政治活動14年目突入)。社会人になっ […]
  • 安倍政権の「教育再生」でいいのか?安倍政権の「教育再生」でいいのか? 参議院選挙で教育政策はあまり争点になっていません。教育大学出身の私としては、安倍政権の教育政策に対しては言いたいことがたくさんあります。現政権の教育政策の何が問題でしょうか? […]