米ソ冷戦と「米中新冷戦」を比較すると

長期にわたる大雨で事務所にこもっておりまして、ついつい長文のブログを書いてしまいました。

最近「米中新冷戦」とか「米中冷戦」という言葉をたまに目にします。米中の経済的相互依存関係を考えると、必ずしも「冷戦」とまで言えるかわかりません。それでも「米中冷戦」だと仮定して、「米ソ冷戦」をふり返り、「冷戦時代のソ連」と「現在の中国」と米国を比較検討してみるのも有益かもしれません。

【経済力】

1970、80年代のソ連の経済規模は、米国の25%以下だと推計されています。他方、2017年の米国のGDPが約19兆ドル、中国が約12兆ドルです。中国の経済規模は、米国の経済規模の約63%です。

経済力でみると、米国にとっては、米ソ冷戦時のソ連に比べて、現在の中国の方が強敵です。購買力平価ベースでいえば、すでに中国の方が米国より経済規模は大きいともいえます。ソ連経済は70、80年代に斜陽でしたが、中国経済はまだ伸びしろがあります。経済だけでいえば、ソ連よりも中国の方が強敵です。

【軍事費】

中国のGDPに占める軍事費の割合はそれほど高くありません。NATO平均と同じ2%程度だと思います(正確な数値は不明です。)。それに対し、推計ではソ連はGDPの35%を軍事費につぎ込み、その結果、経済が破綻してソ連崩壊につながりました。

旧ソ連に比べると、中国は余裕をもって軍事費を増やし続けています。1970、80年代に比べて米国の経済力も相対的に弱まりました。それでも現在の米国の軍事費は、中国の2倍程度といわれています。米軍が世界最強であることに変わりはありませんが、遠くない将来に軍事支出で米国と中国が肩を並べる時期が来るかもしれません。

【資源と人口】

資源に関しては、中国よりソ連がまさっているかもしれません。ソ連は世界最大級の産油国でしたが、中国は世界最大の石油輸入国です。ソ連は石油と食糧に関して自給自足的な経済圏をつくることができました(ときどき穀物を輸入していましたが)。中国は資源輸入と海外市場への製品輸出に依存しており、シーレーン防衛にも注意を払う必要があります。食糧や資源、市場を海外に頼る中国の方が、ソ連よりも脆弱といえるかもしれません。

米国はシェール革命もあり化石燃料の輸出さえできるようになりました。米国は国土は広く、可耕地も広く、人口はまだ増え続けています。人口が増え続けている唯一の先進国が米国です。これらの点で米国の強さは際立っています。

一方、中国は国土面積は米国と同じくらいですが、人が住めない砂漠などが広く、利用可能な土地は狭いです。中国は沿海部に人口稠密な都市が連なっています。また、中国の人口は減少に転じています。さらに中国国内に不満を抱える少数民族を抱えている点も米国より不利です。さらに中国の河川の汚染、大気汚染、土壌汚染などはひどいものです。非民主的な国では、人権と環境は軽視されがちです。そういう点でも米国の方が有利でしょう。

【同盟国】

米ソ冷戦時代には、ソ連にも信頼できる同盟国が存在しました。中東欧には東ドイツをはじめそれなりに戦力になるワルシャワ条約機構加盟諸国がありました。キューバなどはソ連の代わりにアフリカに兵士を派遣し、冷戦最前線の地域紛争を戦っていました。ベトナムや北朝鮮もソ連の味方でした。インドも中立的ではありましたが、ソ連製の兵器を購入し、ソ連にやや好意的な中立政策をとっていました。

それに対し、中国には頼れる同盟国があまりありません。上海協力機構は軍事同盟とは呼べないでしょう。ロシアとは「敵の敵は味方」という程度のフワッとした協力関係であり、かつて国境紛争を起こした仮想敵国のままだと思います。パキスタンは同盟国といえるかもしれませんが、パキスタンと近づきすぎるとインドとの関係悪化を招き、微妙なところです。

ミャンマーの軍事政権やアジア・アフリカの親中派政権も頼れる軍事力を提供してくれるわけではありません。中国と経済関係が密で友好的な国は多いと思いますが、軍事的な同盟関係にある国は少なく、海外の軍事基地も限られています。「真珠の首飾り」と呼ばれるインド洋の中国軍の海外拠点ネットワークも、横須賀基地や佐世保基地のような強力な拠点ではなく、どれくらい役に立つのか不明です(たいして役に立たないと思います)。

一方、米国の強みは強力な同盟国が多数あることです。米ソ冷戦時代には、世界第二の経済大国の日本、第三の経済大国の西ドイツが、同盟国であり、経済力と軍事力、基地の提供でアメリカを強力にサポートしていました。

日本、ドイツ、英国、フランス、イタリア、カナダ、豪州など、経済力も軍事力もそれなりの国が米国と同盟しており、ソ連の同盟国より格段に頼りになったはずです。中国の同盟国はほとんどないので、比較の対象にはなりません。米軍は世界50か国近くに基地を置き、世界中に戦力を投射する能力があります。米国にとって最大級の資産は、頼れる同盟国です。トランプ大統領がそれを理解していないのは残念です。

【主たる戦場】

米ソ冷戦は欧州が主戦場とみなされ、中央ヨーロッパのドイツやオランダで攻めてきたソ連軍(ワルシャワ条約機構軍)を地上戦と空中戦でどう防ぐかが最大のポイントでした。ソ連の太平洋側は正面ではなく、第二戦線という位置づけでした。米ソ冷戦の主戦場は、ヨーロッパの大平原で戦車と戦闘機の戦いというイメージでした。

それに対し、米中新冷戦では、西太平洋における海戦・空戦が主戦場とみなされ、それにサイバー戦や宇宙戦が加わるイメージです。米軍の「エア・シー・バトル構想」等を見ると、米陸軍や海兵隊と中国人民解放軍が地上で戦うという場面は想定されていません。地上戦はほとんど起きないでしょう。

【地政学的状況】

ソ連は広大な国土を守るのにかなりのコストをかけました。冷戦中に米軍が戦略爆撃機に投資したのは、ソ連に爆撃機迎撃システムに投資させるためでした。結果的にソ連は世界一長い国境線を守る迎撃システムの整備に多額のコストをかけ、軍事費の増大に苦しみました。これを「コスト強要戦略」と呼びます。米軍が戦略爆撃機に投資した予算の何倍もの予算をソ連は迎撃システムに投資せざるを得なくなったとされます。「コスト強要戦略」がソ連が冷戦に敗れた一因とされます。

長い国境を守るコストは大きいです。ソ連はヨーロッパでNATOと対峙し、ユーラシア中央ではアフガニスタンに侵攻したり、中国国境で中国と国境紛争を戦ったり、太平洋で米海軍と海上自衛隊と対峙したりと、広い国境線に膨大な兵力を張り付けました。国土が広いことや国境線が長いことは防衛コストという観点でいえば大きな負担です。

中国は14か国と陸で国境を接しています。第二次大戦後に領土問題で戦火を交えた相手が、旧ソ連、インド、ベトナムと3か国もあります。朝鮮戦争にも参戦しました。南沙諸島、西沙諸などの海上でも領土紛争の種を抱えています。ユーラシア大陸の長い長い国境に国境警備隊や陸軍部隊を張り付けるだけでも、相当なコストです。

それに対し、米国とメキシコが領土問題で戦争をしたのは大昔のことで、いまはメキシコは軍事的脅威ではありません。カナダと米国の間に戦争が起きそうな雰囲気はありません。過去に米国の領土が外国軍から攻撃された例は真珠湾攻撃と英米戦争だけです。米国本土が抱えるリスクはテロ、大陸間弾道弾、核攻撃だけです。

さらに中国の場合は国内に民族問題を抱え、チベットやウイグルの弾圧に治安部隊などを動員し、相当なコストになっています。国内治安のために日本の防衛費の何倍もの予算をかけているといわれます。ウイグルでの人権抑圧が国際社会で批判されていますが、あまりにも弾圧がひどくなれば、国外のイスラム過激派の影響を受けて独立運動が盛り上がり、国内治安に悪影響を与える可能性もあります。国家の統合にも関わる重大な問題です。他方、米国では国内の治安対策にそこまでコストをかける必要がありません。

【外交力・ソフトパワー】

ソ連にはそれなりにイデオロギー的な魅力がありました。社会主義・共産主義にあこがれる人は世界中にいました。東側諸国やアジア・アフリカの新興国を支援し、ある程度のソフトパワーは有していたと思います。

他方、中国にはイデオロギー的な魅力は皆無です。独裁政権にとっては良いお手本かもしれませんが、どこかの国の一般の市民で「中国みたいな国にしたい」と思う人は少ないと思います。貿易相手としては中国は魅力的かもしれませんが、米国のように世界の人々があこがれる国という感じでもないと思います。

ソ連の共産主義には曲がりなりにも普遍性がありましたが、中国の価値観は世界に通用する普遍性がありません。中国との経済的な関係は魅力的かもしれませんが、政治的・文化的な魅力では米国に劣ります。もっとも反米的な国は中南米にもイスラム圏にもあるので、「敵の敵は味方」という発想で中国の味方になる国も多少はあるでしょう。しかし、総合的に見て、トランプ大統領のせいで米国のソフトパワーが低下したとはいえ、まだ中国のソフトパワーでは米国には勝てないでしょう。

いろんな要素を考えると、近い将来に米中戦争が起きるとは思いません。米中関係はいまはまだ「冷戦」とまで言えるとは思いません。大統領が交代すれば、貿易戦争も終息するかもしれません。米中冷戦が本格化し、さらに熱戦にならないように気をつけなければなりません。

過去の歴史をふり返ると、相手国を敵視したら本当に敵になるという例が多いです。最悪の事態に備える必要はありますが、必要以上に敵愾心をあおり軍備拡張するのは避けた方がよいと思います。米国も日本も、中国の軍備拡張に警戒心を持ちつつも、必要以上に敵視しないことが大切だと思います。