経済制裁で自分の首をしめた中国政府

マサチューセッツ工科大学のアンドリュー・マカフィー氏の「MORE from LESS 資本主義は脱物質化する」という本がおもしろいです。主に米国の事例を示しながら「より少ない物質でより多くの生産をあげる」経済にシフトしている実態を描く本です。たとえば、米国の農業生産をみると、より少ない農地、より少ない肥料と農薬で、より多くの収穫を得られるようになっています。

同じ問題意識の本としては、京都大学の諸富徹教授の「資本主義の新しい形」も、資本主義が「非物質化」の方向へ進化していること、それにより日本企業の競争力が低下していることを指摘していておもしろかったです。諸富先生の本はより理論的な良書ですが、マカフィー氏の本は具体例豊富で読みやすい本です。

さて、その中で特に興味を引いたのは、中国のレアアースの例です。2010年に尖閣諸島付近で中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりした事件はご記憶にあると思います。中国人船長を日本政府が拘束したことに対し、中国政府が報復として日本へのレアアース輸出を止めました。

中国は2010年段階では世界のレアアースの約90%を生産していました。その輸出が規制されて激減し、レアアース市場ではパニックが起きました。2010年前半はレアアースの1塊の売値は1万ドル以下だったのが、2011年4月に4万2千ドルまで高騰しました。

中国がレアアース市場をほぼ独占していたのには理由があります。レアアース自体はそれほど希少(レア)ではないものの、鉱石から取り出す過程で大量の汚染物質を出すため、レアアースの生産をやりたがらない国が多いという実態があります。中国では環境規制がゆるいため、結果的に中国が市場を独占していました。

中国の禁輸措置をきっかけに、レアアースのユーザー(日立金属等)はより少ないレアアースで製品を生産できるように技術革新を進めました。あるいは、レアアースが必要な部品を使うのをやめて、別の部品で代替するようになりました。

実際のところ「レアアースが比較的安いから使っている」という企業が多く、レアアースの価格が高騰すると別の物質に切り替える企業が多かったそうです。その結果として2017年末のレアアース価格は約1000ドルまで下がりました。輸出規制をしたばかりに価格が10分の1まで低下しました。

レアアース禁輸措置という経済制裁の結果として、レアアースの代替品の開発と採用が進み、レアアースのニーズが激減しました。環境負荷が大きいレアアースの生産が減少したことは、地球環境にとってもレアアース産地の周辺住民にとっても望ましい変化です。本来、レアアースは必要なければ、地中に埋まったままにしておいた方がいい物質です。

しかし、中国政府の利益という観点でみると、レアアースという戦略物資の戦略性を自ら下げ、外貨獲得手段を失ったことになります。まさに墓穴を掘ったわけです。経済制裁の武器としてのレアアースという戦略物資は、「最初だけ」あるいは「一回だけ」はきわめて有効でした。しかし、二度目から効果がなく、使わない方が中国政府の利益だったかもしれません。

過去の日本政府による韓国向けの輸出規制も同じ結果になってないか心配です。しかも日本の輸出規制品の場合は、環境汚染につながったレアアースではなく、日本の高い技術力で作った優れた製品です。日本にとって重要な戦略物資の戦略性を自ら低下させてないか検証すべきだと思います。テロ組織や独裁者の経済制裁は必要ですが、相互依存関係にある隣国への経済制裁には慎重になる必要があると思います。

*参考文献:

アンドリュー・マカフィー 2020年 『MORE from LESS資本主義は脱物質化する』 日経BP

諸富徹 2020年『資本主義の新しい形』岩波書店