財政破綻の3つのシナリオ

日銀の黒田総裁が進めてきた異次元の金融緩和は終わりを迎えつつあります。金融緩和は、単なる「需要の先食い」でしかなく、不景気のときのカンフル剤にはなりますが、生産性向上にはつながりません。

金融緩和は「需要の先食い」なので、アベノミクスの最初の2~3年が調子よかったのは当然です。しかし、金融緩和をずっと続ければ、金融市場をゆがめ、負のインパクトの方が大きくります。ゼロ金利の弊害も目立ってきました。2%のインフレ目標はなかなか達成できませんでした。最近になって世界的な資源高と円安の結果として日本の物価も上昇しましたが、多くの国民はそれをもって「目標を達成できて良かった」とは思っていないでしょう。

金融正常化の過程で上手にソフトランディングできればよいのですが、そうでない場合には財政破綻や経済危機を招く可能性もあります。多くの識者は「すぐに財政破綻する」とは予測していません。しかし、最悪の事態に備えるのが、国家の統治に関わる政治家や政策研究に携わる人間の使命です。それに今の国の借金と少子高齢化の状況を見れば、日本の財政破綻は「ブラック・スワン」ではなく、単なる「ホワイト・スワン(=意外でも何でもないこと)」だと私は思います。

財政破綻が起こる可能性があるのは、主に3つのケースです。

1)長期金利の上昇により国債発行が不可能になるケース

2)高齢化による貯蓄超過が縮小し、経常収支が悪化して、国債消化が不可能になるケース

3)大規模災害による歳出拡大によって国債発行が不可能になるケース

 

1)長期金利の上昇により国債発行が不可能になるケース

日本銀行は、イールドカーブ・コントロール(YCC)と呼ばれる手法により、市場が決めるべき長期金利(10年物国債)をコントロールしています。日銀が国債を大量に買うことで金利を抑え込んできました。しかし、この手法にも限界がきて昨年12月にイールドカーブ・コントロールの幅を広げ、金利上昇を多少容認する方向に政策転換しました。

今後もゆるやかな金利上昇に収まれば、それほど大きなショックはないかもしれません。金利上昇により政府利払いが実際に増えるのは、既存債務の満期が到来し、それを高い金利で借り換えるときです。満期の長い国債も多いため、金利上昇が直ちに破綻へのスパイラルを引き起こすことはないため、ある程度は善後策の時間もとれます。

財務省の2016年の試算では、金利1%上昇で国債費3.6兆円増加、金利2%上昇で国債費7.3兆円増加となります。それ以上に金利が増加すれば、財政はさらに厳しくなり、大幅な増税や歳出削減を迫られ、それでも足りないと見なされれば財政破綻が起こる可能性もあります。

最悪のケースとして想定されるのは、金利上昇がコントロールできなくなり、国債の利払い費が激増し、国債発行ができなくなるパターンです。長期金利が上昇しても名目GDP成長率がそれよりも高ければ問題ないですが、経済成長率が急激に高まることは想像できません。金利上昇を一定幅に抑えないと、財政破綻の可能性が高まります。

 

2)高齢化による貯蓄超過が縮小し、経常収支が悪化して、国債消化が不可能になるケース

高齢化の進展とともに貯蓄率が低下し(また貯蓄の取り崩しが進み)、国内の金融資産が減少して、国債を国内で消化できなく可能性もあります。また貯蓄超過幅が縮小すれば、経常黒字から経常赤字に転落する可能性があります。資源価格の高騰によって貿易赤字が拡大すれば、それも経常収支の赤字要因となりえます。経常収支が赤字になれば、財政の持続性に対する不安が増し、国債市場でもリスク上昇に見合った金利上昇を求められる可能性があります。金利が上昇すれば、利払い費は増え、財政はさらに厳しくなります。その悪循環が進めば、最後には国債が消化できなくなり、財政が破綻する可能性があります。

日銀が国債を買い支え続ければ、財政破綻を一時的には防げるかもしれません。しかし、日銀が持つ国債の含み損が増えてバランスシートが毀損し、日銀の信用が失われます。日銀への信用がなくなれば、激しいインフレが発生して経済に大きなダメージを与えます。そうなるとやはり財政も破綻します。

 

3)大規模災害による歳出拡大によって国債発行が不可能になるケース

首都直下型地震のような大規模災害が、財政破綻の引き金になる可能性もあります。震災後には仮設住宅の建設、インフラの復旧、被災者や被災企業への支援金等の多額の財政支出が必要になります。日常的に借金に依存した財政を続けてきた日本政府にとって、さらなる借金の増加を意味します。復興財源として新規に国債を発行することになるでしょう。

また災害によって生産力にダメージを受ければ、輸出は減って、輸入が増えることになるでしょう。貿易赤字が拡大し、経常収支は悪化します。復興需要が投資を喚起して、金利を上昇させる可能性が高く、その場合は国債の利払い負担も増えます。被災地では被災者の所得税や被災企業の法人税の税収が減少するので、さらに財政は厳しくなります。以上のようなさまざまな要素が積み重なって財政状況が極端に悪化し、財政破綻を引き起こす可能性が高いです。

また大規模災害と似たインパクトを及ぼしかねないのが、台湾海峡危機のような国際紛争です。日本が当事者になる国際紛争が起これば、やはり財政破綻の引き金になる可能性は高いと言えます。

 

以上のように日本の財政破綻が起こる可能性は「高くはないが、低くもない」というのが実態だと思います。国の財政破綻は、医療や教育等の歳出削減につながり、弱者へのしわ寄せが大きいです。ハイパーインフレになれば経済的な弱者ほどダメージが大きいことは歴史が証明してきた事実です。財政破綻の国民生活へのダメージが大きいことを考えれば、「想定外」は許されません。容易に想定できる財政危機には十分な備えが必要です。

異次元の金融緩和からの脱却が進みつつある今こそ、(1)財政破綻を防ぐために今すぐやるべきこと、および、(2)仮に財政破綻が起きたときにやるべきことを真剣に考えるべきです。「国債をいくらでも発行すればよい」という安易な発想はあまりにも危険です。

政府は超長期の財政健全化にコミットし、コロナ危機対応でふくらんだ歳出のムダを見直す時期にきています。防衛費増加にしても「そもそもGDP比2%が適切な予算額なのか」というところから議論を再スタートし、2%を絶対視せず、身の丈にあった効果的な防衛力整備に努めるべきです。

コロナ危機にあたってドイツ政府が迅速かつ効果的に対応できたのは、財政に余裕があったことも大きいと思います。首都直下型地震や南海トラフ地震の可能性が高い日本では、いざというときの財政的余力を持つことが望ましいでしょう。超長期の財政健全化プランをつくり、財政破綻を起こさない構えをとる必要があります。

その際に留意すべきは、財政再建の努力は再分配の強化と同時並行して進めることです。財政再建のために低所得者や障がい者等の社会的弱者を切り捨てることがあれば、社会の分断と政治的ポピュリズムを招きます。財政は健全でも格差で分断された社会では意味がありません。社会的セーフティーネットを整備しつつ、財政健全化をめざす必要があります。

*参考文献:

小林慶一郎編著 2018年「財政破綻後」日本経済新聞出版社

東京財団 2013年「財政危機時の政府の対応プラン」 東京財団